昭和40年不況などの影響により、財政面からの公共事業が促進されることになり、戦後初めてとなる「国債発行」が準備された。当初は借り入れか国債かの選択となっていたようだが、それまで歳入を全額、税収などの収入で賄えた均衡予算が続いていたことで、国債発行の準備はされていなかった。このため、大蔵省と日銀が協議を行っていたことが、百年史に記載されている。
日銀としては、一時的にしろ日銀が直接的な財源調達先になることは、昭和41年度以降の「悪しき前例」になるためこれを避け、市中調達、つまり国債発行にすべきとの意見であったようである。ただし、衆院予算委員会で国債発行問題が取り上げられた際に、当時の佐々木日銀副総裁は国債の日銀引き受けについて、全面的に否定するような発言はしなかったとある。これは当時の大蔵省では、一部日銀引き受けとするのもやむを得ないとする空気がかなり根強かったためのようである。
ここで百年史では、次のような記述をしている。
「昭和7年以降本行引受によって国債が発行されるようになったことが、金融政策の適切な運営を困難ならしめて通貨価値の安定を妨げ、やがては激しいインフレーションをもたらし、本行からセントラル・バンキングの機能を奪うに至ったことは既述のとおりであり、この点は本行の100年にわたる長い歴史のなかでも、とくに痛感極まりない、苦渋に満ちた経験であった」
この経験はなにも日銀だけではない。典型的なのが第一次大戦後のハイパーインフレを経験したドイツのブンデスバンクであり、その意思はECBにも受け継がれている。1993年に発効した「マーストリヒト条約」およびこれに基づく「欧州中央銀行法」により、当該国が中央銀行による対政府与信を禁止する規定を置くことが、単一通貨制度と欧州中央銀行への加盟条件の一つとなっている。
また、米国では連邦準備法により連邦準備銀行は国債を市場から購入する(引受は行わない)ことが定められている。また、1951年のFRBと財務省との間での合意(いわゆるアコード)により、連邦準備銀行は国債の「市中消化を助けるため」の国債買いオペは行わないことになっている。
日銀百年史では、さらに続けて次のような既述もある。
「これまでの実際の経済・金融の推移を振り返ると、もし中央銀行が国債引受を通じて機械的に、安易に対政府信用を供与する仕組みが整えられるならば、通貨価値の安定を目的とする金融政策の円滑な運営が著しく困難になる可能性が極めて高い」
こうした観点により、財政法の精神を堅持すべきであると考え、日銀は今回の政府による資金調達は、長期国債の発行によることとし、日銀の信用には依存しないとしたのである。ただし、それを引き受ける資金運用部の負担を考え、資金運用部保有金融債の日銀買入もやむを得ないとしていた。
これを受け、宇佐美日銀総裁は原則論として「市中消化が望ましく、日銀の直接引受には反対である」と記者会見で述べたそうである。
これに対し、大蔵省は市中消化が難しく一部を資金運用部り残りを日銀引き受けにという意見も残り、市中銀行は市中公募による発行に消極的で、さらに市中公募に賛成していた証券業界からも40年度分は日銀引き受けで発行すべきとの意見があったそうである。また、マスコミにも日銀引き受けで発行すべきとの意見があったと、百年史では指摘している。
そこで日銀は、「大蔵省のみならず各方面に対し、市中消化原則の考え方について理解を求める努力を開始した」。その努力の甲斐あって、大蔵省内で日銀引受論は次第に後退した。
そして、市中公募に消極的であった銀行は、IMF総会から帰国した当時の岩佐富士銀行頭取が、「国際信用という面からも市中消化にすべきである」と強調したことで、急速に市中公募方式の支持に傾いたそうである。
この際の「国際信用という面からも市中消化にすべきである」との意見は現在にも当然通じるものである。安易に日銀に国債を引き受けさせろとの主張は、日本に対する国際信用を失いかねないことを十分に認識すべきである。これは海外投資家の日本国債保有が少ないため、問題はないと片付けられるものではない。
このようにして、前後初めての日本での国債発行の際に、悪しき前例となりかねない日銀による直接引受は回避されたわけであるが、もしこの際に日銀引き受けが行われていたとしたら、日本の国債を取り巻く環境は大きく変わっていたのかもしれない。
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