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「りんごは赤じゃない」

 「クラス崩壊」といった言葉は最近聞こえなくなってきたが、小中学校などの荒れようは一時的ほどはひどくはなくなってきたにせよ、まだまだ大きな社会問題である。同年代の子供を持つ親の一人として、学校の問題はたいへんな関心事でもある。幸い娘達の通っている学校は比較的おとなしい生徒が多く、都会の学校ほどの問題はそれほど起きてはないと聞いている。それでも問題がないわけではないという。

 先生が体罰をすることが社会問題視された時期があり、現在の先生は生徒に対して厳しくしかりつけることをためらっている感もある。それ以上に生徒が過激化暴力化し、先生に対して暴力を振るうといったことも年中行事になっている。学校の窓ガラスが割られるのも頻繁にあると聞く。ただ、それを届ければ記事になってしまうため余程のことがなければ届出も控えてしまうらしい。

 なんとも情けない世の中になっているが、これを「ゆとり教育」の影響といったものだけに原因を求めるてもいけないと思う。大げさに言えば社会構造の変化なども影響しているのではないかと思う。しかし、日本でも荒れた学校が多いと言われる神奈川県にあって、しかも大都会横浜の公立の中学校で、荒れていた生徒も頭が上がらないといわしめた教師がいた。この本はそんな先生の話である。

 数々の美術コンクールを総なめにしたことなどで知られる美術の先生の話ではあるがそれはあくまで結果である。この先生のすごさはその授業にある。まずは規律を覚えさせるためにいろいろな工夫をする。授業に集中させる仕組みを考え出すとともに、一人一人のプライドを持たせるようさせることにより、生徒のやる気を出させる。また、「りんごは赤じゃない」といったように記号化された画一的な見方しかできなくなっている生徒達に物の本質を見分けさせようとする。りんごは決して赤ではない。自然に生まれたものは単色であるはずでなく、多様な色が混ざり合っている。当たり前のことが今の子供達、いや親までも理解できなくなっている。

 この本を読むと、教育はシステムではない、覚えれば良いものでもない。大人の論理だけでもめている教科書問題などは教育を受ける子供達にとってはマイナス効果しかないようにも思える。

 つまり、教育はまさに教師にあるということを教えられるのである。ノーベル賞受賞者などが一様に述べていることに、すぐれた教師との出会いがある。教育を立て直すためには、受身に回るだけの先生ではなく攻めが出来て、生徒の心構えまで変えられるような教師が必要である。カリキュラムを変えれば良いといった問題ではないということをこの本は教えてくれるような気がする。新潮文庫。
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by nihonkokusai | 2005-07-19 12:57 | 趣味関心 | Comments(0)
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