エコノミック・クラブNYにおける白川日銀総裁講演より
この自信の循環とは、成功が自信につながり、それがやがて自信過剰に、あるいは傲慢にさえ変質し、自己満足感も高まる。そして、自信過剰のもとで生成されたバブルが崩壊すると、今度は自信喪失へと変わり、その後、再生に向けた努力が始まるという一連の循環であると白川総裁は指摘している。
人間は、自らが時として自信過剰になり、行動が行き過ぎることを知っています。だからこそ、我々は、行き過ぎた行動にブレーキを掛けるメカニズムを予め構築しているとただし、今回の危機では民間部門の装置も公的部門の装置もうまく作動せず、これらの装置が機能しなかったことは、重要な問題を提起しているとした。
自信過剰が、バブルを生み出す必須要因であるということは、低金利の持続予想は、これだけでバブルを生み出すことはない。しかし、それ無しには、バブルが発生しないこともまた事実と。そして当時、バブルの兆候に不安を感じつつも、中央銀行は、何故、低金利を続けたのだろうかということに対して次の理由を挙げた。
物価安定の達成に成功したことによって、中央銀行は金融政策運営に対する民間部門の信認を獲得するようになり、その結果、民間主体の予想物価上昇率は低い目標物価上昇率に固定されるようなったこと。
第2として、政治的、経済的、社会的な力学がセントラル・バンカーに影響を及ぼすようになり、物価上昇率以外の要素を勘案した金融政策を行うことが次第に難しくなっていった点を挙げている。
中央銀行の独立性が必要であるという論理は、1990年代以降、着実に定着し、中央銀行の独立性は、同時に説明責任の要請を高め、国民が容易に判別できる基準が求められるようになる。そうした要請に最も上手く応えたのがインフレーション・ターゲティングの枠組みであると。
ただし、インフレーション・ターゲティングのもとでは、物価上昇率の目標値と実績値あるいは予想物価上昇率との関係に議論が集中しがちとなり、その結果、物価以外の形で表れる不均衡への対処を理由に金融政策を変更しようとすれば、それを根拠立てて説明するためのコストは、中央銀行の立場からすると非常に高くなると。
エコノミストの関心は、専ら需給ギャップと物価上昇率の関係に集中することで、金融面の不均衡への関心は限定的なものになる。また、財やサービスの価格変動という形では把握しにくい要素に対しては、関心が薄れるようになる。
日本のバブル崩壊により、日本経済に深刻な問題を引き起こした主因は、一般物価の下落というより、圧倒的に資産価格の下落である。日本では、主要都市の不動産価格がピーク対比70~80%も下落したが、消費者物価指数の下落は1997年から2004年にかけて累積で3%である。それにもかかわらず、日本の経験は誤って解釈されたと。
デフレの危険が大きくクローズアップされた裏側で、金利の果たす動学的資源配分機能は軽視されがに。そして正にその時期に、信用やレバレッジの増加、期間ミスマッチの拡大という、その後の危機の種が蒔かれたと白川総裁は指摘したのである。
インフレーション・ターゲティングを採用すれば、物価上昇率に注目が集ってしまうことで、金融面の不均衡への関心は限定的なものにならざるを得ない。デフレがクローズアップされてしまうと、信用やレバレッジの増加などのリスクが拡大しても、関心が薄れる結果、新たな危機が発生する可能性がある。つまり白川総裁は、政府などからのデフレ対策を意識してのインフレターゲットの採用要求について、海外での講演を通じて明らかに否定的な発言を行なったものとみられる。