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気分はハワイ

ラジオなどもブログが積極活用されているようですね。
昨日、たまたま聞いたJ-WAVEの番組もそうでした。
「COLORS of HAWAI」
気分はまさにハワイ。現地からの生放送だそうです。
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# by nihonkokusai | 2005-07-27 12:11 | 趣味関心 | Comments(0)

「どうする日銀」(レポート向け一部修正加筆分)

 今週の29日以降、日銀が金融政策の目標としている日銀当座預金残高の下限30兆円を割込む可能性が強まっている。29日はかなり微妙なところであり、本日のオペなど次第では、なんとか乗り切れるかもしれないが、8月3日以降はほぼ確実に30兆円を割り込む可能性が強い。

 日銀は5月20日の金融政策決定会合において、「なお書きの修正」というかたちで日銀当座預金残高の目標値(30~35兆円)の一時的な下限割れを容認している。この「一時的」とはどの程度の期間を示すのかは定かではないが、普通に考えれば2~3日と見るのが妥当かと思われる。1週間以上札割れとなった場合には、この一時的という表現はあてはまらないのではなかろうかと思う。

 日銀は手形買入オペにおいて期日を来年ゴールデンウイーク明けまでとする、いわゆる長距離砲を打ってきても札割れとなるなどしていたことから、日銀にとり打つべき手段も限られている。そしてまた、6月14 日、15日の決定会合議事要旨において、資金供給オペの長期化はさけるべきとのコメントが少なくとも3人の委員から発せられている。これは日銀全体の意向にも感じられ、このため期間1年といったオペも打ちづらい。

 それならば、当初の約束どおり国債の買い切り増額をすれば良いではないかとの声もあるが、少なくとも福井日銀総裁の選択肢には国債買い切りの増額は入っていないはずである。このため、日銀の資金供給手段としては淡々とオペを打ってくるほかないと思われる。

 本日27日には日銀の金融政策決定会合が開催される。29日以降、目標値の下限割れの可能性にどのように対応をするのか注目される。日銀当座預金残高目標値の27-32兆円への引き下げも止む無しとの声も出ている。しかし、谷垣財務大臣は当預残目標値の引き下げは方針変更と捉えられるとして、反対の意向を示している。目標値の技術的な引き下げについて福井総裁は含みを持たせているものの、現実に引き下げるとなれば、政府や財務省との間での軋轢を生じさせる可能性もあり、また海外市場などは日銀の引き締め転換と捉えてしまう懸念も残る。それは福井日銀としても避けたいところとなろう。

 結局、今回の決定会合では新たな決定はないと思われる。マスコミからも観測報道もなされていない。そうなれば無理しても「一時的」を期間を広げて拡大解釈してくる可能性もある。確かに8月15日以降は30兆円台が維持されるため、一時的と言えなくもないが、やや釈然としない部分も残りそうである。次回の決定会合は下限割れ真っ只中の8月8日から9日に開催される。
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# by nihonkokusai | 2005-07-27 11:02 | 日銀 | Comments(1)

「飲み会と意思の疎通、コックピット日記より」

 知人に教えてもらった面白いサイトがある。JAL関連サイト内の「コックピット日記」である。

 この中のCaptain 17「行きつけは、お袋の味」では運航乗務員をはじめ「客室乗務員」のいきつけの店についてのコメントがある。残念ながら具体的な店の名前の記述はないが、できたらその店も知りたいような気もする。ちなみに、特に他意はないが・・・。は、さておいて、このなかに次のようなき記述があった。

 「私の場合も、これらのなじみの店に足を運ぶわけですが、現在、通常の運航業務に加えて、副操縦士を目指す若い訓練生の指導も行っているため、彼らを誘って出掛けることが多くなります。コックピット内では教官と生徒という関係であり、お互いに緊張感をもって臨んでいるのですが、夕食の席では打ち解けて、彼らから率直な意見を聞けたり、先輩として相談に乗ってあげたりすることができるのです。」

 「思い起こせば、自分自身もかつては先輩に連れられて、滞在先のなじみの店で食事をし、パイロットに必要なさまざまなことを教わりました。そして、今は自分がその立場になっています。」

 そういえば自分もそうだったなあと思ったのだが、ふと考えると最近はこういった機会がめっきり減っているのではないかと危惧した。昔から若手はあまり上司とは飲み会に行きたがらない風潮はあったが、景気低迷、リストラや実力成果主義の台頭なども影響しているのか、それがさらに減っているような気がする。

 仕事は先輩の仕事ぶりなどを見て覚えてゆくものである。机上で学ぶものと現実とはかなり状況が異なり、状況が変った際にどのように対応するのかといったものは、実際に現場で見よう見まねで覚えて行くほかない。現場では先輩に厳しく言われても、結果としては自分のためとなる。また、コックピット日記に書かれていたように、オフにおいて先輩と素直な意見をぶつけあったりすることでさらに学ぶことも可能になる。もちろん良い先輩に恵まれればという条件付きでもあるが。

 しかし、そのような機会がめっきり減ってしまっている現状では、あまりにマニュアル対応しかできなくなる。まさに応用が効かない。それは移り変わの現実に対して対応が聞かなる。また、マニュアルを作った人たちの思いのままにもなりかねない。自らマニュアルを作り出すだけの気概も必要であるとともに、それには現場を経験している先輩達のノウハウの吸収といったものも大事になるのではなかろうか。
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# by nihonkokusai | 2005-07-26 10:02 | 趣味関心 | Comments(0)

「どうする日銀」

 今週29日以降、日銀が金融政策の目標としている日銀当座預金残高の下限30兆円を割込む可能性が強まっている。29日はかなり微妙なところであるが、8月3日以降はほぼ確実に割り込みそうな感じとなっている。

 日銀はなお書きというかたちで当預残目標の一時的な下限割れを容認している。この「一時的」とはどの程度の期間を示すのかは定かではないが、せいぜい 2~3日と見るのが妥当かと思われる。1週間以上札割れとなった場合には、一般的にはこの一時的という表現は当てはまらないのではなかろうか。

 ゴールデンウイーク明けの長距離砲を打っても札割れとなるなど(本日のオペは札割れ回避)打つべき手段もあまり見当たらない。6月14 日、15日の決定会合議事要旨を見ても資金供給オペの長期化はさけるべきとのコメントが少なくとも3人の委員から発せられている。また国債の買い切り増額は少なくとも福井総裁の選択肢には入っていないはずである。淡々とオペを打ってくるほかないとの見方が強い。

 今月27日には決定会合も開催される。29日以降の下限割れにどのように対応をするのであろうか。短資会社からも27-32兆円への目標値引き下げも止む無しとの声も出ている。しかし、谷垣財務大臣は当預残目標値の引き下げは方針変更と捉えられるとして、反対の意向を示している。目標値の技術的な引き下げについて福井総裁は含みを持たせているものの、しかし、現実に引き下げるとなれば、政府や財務省との間での軋轢を生じさせる可能性もあり、それは福井日銀としても避けたいところとなろう。私もできることならば段階的な目標値引き下げは避けて一気に量的緩和解除に持っていくべきと思っている。

 今回、どのように解決の方法を日銀が探っていくのか。これまではある程度の落とし所も読めなくもなかったが、今回は今のところ皆目検討つかない状況にある。「おしえて日銀」にも書いてないと思うし・・・。
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# by nihonkokusai | 2005-07-25 14:19 | 日銀 | Comments(2)

「形だけの市場化」

 29日に中間報告が発表される今年度の規制改革の重点項目の内容の柱となる市場化テスト法の骨子案において、対象事業や落札者を決定する権限が第三機関ではなく各省庁が受け持つこととなったそうである。その理由が「行政責任を取れるか」だそうである。

 市場化テストは米国インディアナポリス市で市場化(Marketization)による改革などを取り入れようとしているものと思われる。インディアナポリス市の例では対象事業や落札者を決定する権限は市長とそのスタッフが持っていた。ゴールドスミス前市長が率先して市場化を行っていたからこそ抵抗勢力を廃して効果的な市場化を取り入れることが可能となった。

 市場化はインディアナポリス市でさえ小さな事業からはじめて成功例を重ねることにより、さらに大きな事業に取り入れた。しかし、日本ではいきなり国が始めようとしていることに無理もあるような気もする。

 第三機関では行政責任を取れないかもしれない。しかし、インディアナポリス市の市場化でも抵抗勢力となったのは「職が奪われると危惧する市の職員やこれまでの管理運営が否定されかねない州政府や市の担当者」であった。つまり今回の日本の市場化テストでいえば各省庁そのものが反対・抵抗勢力となりうる。それでは市場化が形骸化されると指摘されても当然でなろう。

 郵政民営化というこれも大いなる市場化テストも反対勢力により本来の民営化の意味合いがだいぶ薄れつつあるようにも思うが、市場化テストそのものも同様のようである。第三機関が行政責任を取れないと言うのならば、対象事業や落札者を決定する権限を第三機関に与えた上で、市場化を推進する内閣府そのものが行政責任を取るようにするなりすべきものではないかと思う。そもそも行政責任というが、今回のアスベルトの件でもしっかりと「行政責任」を取ってくれるのであろうか。

と、いろいろ叫んでみても現在の政治のシステムでは、トップ(首相)がいくらがんばっても市場化を含めてかなり無理がありそう。現在の政治のシステムそのものが変らないと本来の意味での市場化もむずかしそうである。
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# by nihonkokusai | 2005-07-25 10:02 | 国債 | Comments(0)

「来週の債券相場の予想」

26日の20年国債入札は投資家のニーズもあるものと思われ、無難なものとなりそうである。27日には日銀の金融政策決定会合が開催される。来週から8月中旬あたりまで当預残の下限を割込む可能性が強まっているため、それに向けての動きなども気になる所である。月末要因なども加わり債券相場は堅調地合を維持するものと思われるが、景気や物価動向などを見る限り、10年債も1.2%割れまで買い進めるような状況にもないものと思われる。
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# by nihonkokusai | 2005-07-22 13:04 | 債券市場 | Comments(0)

「田中角栄とオイルショック」

 三種の神器に代わって消費の牽引役となったのは、3Cブーム(カラーテレビ、クーラー、カー)であった。この高度成長に伴う税収増から、政府は公債依存度の引き下げに努力したものの、それが可能であったのは、昭和43年(1968年)から昭和45年(1970年)までの間だけであった。国債の発行は、財政面の刺激により景気の浮揚をもたらすとの期待と裏腹に、財政への安易な依存をもたらす危険性も秘めている。そして1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国の中で第2位に達したのである。

 昭和45年(1970年)といえば、大阪府吹田市の千里丘陵で3月15日 から 9月13日まで日本で最初の国際博覧会、大阪万博が開かれたが、このときも「東京オリンピック」と同様に、この秋から景気後退局面となる。国家の威信をかけたプロジェクトによる経済への効果や国民の士気を高めるといった効果は当然あったとは思うが、それによるツケも大きいものとなった。いったん昭和46年(1971年)に景気は底入れの兆しが見えたが、この年に。今度は「ニクソンショック」が世界を襲い、当然ながら日本も巻き込まれることとなった。日本の高度成長は東京オリンピックでいったんブレーキがかかり、これによって政府は債務を抱えるようになった。この高度成長は結局、大阪万博というもうひとつの国家的イベントによって幕を閉じる格好となったのである。

 昭和46年(1971年)年8月15日に、当時のニクソン米国大統領は、米国の国際収支の赤字を削減してドルの流出を防ぐ目的により、外国の通貨当局に対してドルと金との交換停止を通告した。これによって、戦後続いてきたドルを基軸通貨とする固定相場制は終了し、1ドル360円の固定相場制は中止され、変動相場制に移行したのである。

 欧州各国は変動相場制の対応に追われるなか、日本だけは輸出企業を守るためとの名目から、円レートを守ることを最優先課題とした。12月のスミソニアン合意により、1ドルは308円に切り下げられたのだが、円の切り上げが不可避となっても、それを最小限に押さえ込もうと必死の対応をしたのである。その結果が、大量の国債発行による内需拡大と極端な金融緩和の実施となった。この後もこれと同じ愚を日本は何度も繰り返した。

 昭和46年には大型補正予算も組まれ、昭和46年度(1971年度)の国債発行額はついに1兆円の大台に達した。昭和47年(1972 年)7月には、田中角栄が総理大臣に就任。田中首相は「工業の全国的な再配置と知識集約化、全国新幹線と高速道路の建設、情報通信網のネットワークの形成」などを謳いあげ「日本列島改造論」を提唱した。加えて積極的な財政金融政策を提唱。この結果、昭和47年度(1972年度)の国債発行額はさらに増加し1兆9,500億円あまりに膨らんだのである。この年に組まれた当初予算は、伸び率が25%という空前の大型予算であった。また「福祉元年」と言われ、年金や健康保険給付の画期的な拡充も計られた。この財政・金融面における極端な拡張策は、結果として国内の景気の過熱、物価の高騰、土地の価格の上昇を招くことになる。

 昭和48年(1973年)10月、第4次中東戦争が始まった。アラブ諸国は禁輸措置を実施し、石油輸出国機構(OPEC)は原油価格の引き上げを実施。石油価格は一気に4倍となり卸売物価が前年比30%、消費者物価指数は前年比25%も上昇したのである。給油所は相次いで休業、買い占めや売り惜しみ、便乗値上げなどが相次いだ。トイレットペーパーや洗剤、砂糖などが不足するとの思惑から、買占めが各地で引き起こされた。しかし、この物価上昇は海外要因だけによるものではなかった。すでに日本の高度成長は限界に達し、国内需給が逼迫しており、それに石油価格の高騰がまさに火をつけてしまったといえる。

 この異常事態に対して財政金融両面においてきわめて強力な総需要抑制策が実施された公定歩合は昭和48年(1973年)中に、4.25% から9.00%に引き上げられた。昭和48年度(1973年度)の国債発行額は2兆円台を突破した。昭和49年度(1974年度)も総需要抑制策は実施され、企業の設備投資などが抑制された。この結果、需給ギャップ(経済の供給の伸び率と現実の需要の伸び率との乖離のことを)は拡大し、戦後初のマイナス成長となった。いわゆるスタグフレーション(景気停滞と物価上昇が同時に進行すること)に陥ったのである。戦後続いていた高度経済成長がここに終焉を迎えた。これにより税収は大幅に減少し、国債は増発され続けた。

 1975年11月、フランスのジスカールデスタン大統領の発案により、第一次オイルショック以降の経済の回復を主たる議題とした第一回の先進国首脳会議(サミット)がフランスで開催された。
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# by nihonkokusai | 2005-07-22 12:59 | 国債 | Comments(0)

「東電・東ガス、10月値上げ」

 日経新聞によると、東京電力と東京ガスは10月から半年ぶりに料金を引き上げる。東京電力は1か月の料金を6203円、東京ガスは6699円のそれぞれの料金を10-12月に100円前後引き上げる。ガソリンも値上げが続いている。レギュラーガソリンは19日時点で125.3円で前週よりも0.2円上昇し 3週連続の値上がりとなった。8月以降も3-4円程度値上げせざるを得ない状況となっているようである。日本航空や全日空も11月以降に一律100円以上の国内線の値上げを探っているようである。

 これにより日本経済へのマイナスの影響もあると思われるものの、10月以降のコアCPIのプラス幅がさらに拡大されそうな要素ともなりうる。
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# by nihonkokusai | 2005-07-22 10:29 | 景気物価動向 | Comments(0)

「人民元2%の切り上げ」

 中国人民銀行は21日、人民元を1ドル8.276元から8.11元へ約2.1%切り下げ、基準値の上下0.3%以内で変動(取引バンドは1ドル8.0857-8.1343)、対ドルベッグ制を廃止し、通貨バスケット制度を採用すると発表。

 切り上げのタイミングは予想外であったものの切り上げ幅が2%に止まったことからその影響はとりあえず限定的なものと見られる。問題はこれをきっかけに元が今後どの程度切り上げられるかによるものとなろう。通貨バスケット制度を採用するということから、米債は長期債などが大きく売られたが、これはあくまで地合いが悪かったところへ材料が加わったためとも見られる。ドル円についても円安がかなり進行していただけにその反動が大きかったと見ておいた方が良さそうである。

 今回の元切り上げは小さな一歩ではあるものの、まさに歴史的な出来事とも言えるものと思われる。ニクソンショックやその後のスミソニアン合意なんかも比較されるのではなかろうか。参考までに当時の様子は下記のような状況であった。

 「昭和46年(1971年)年8月15日に、当時のニクソン米国大統領は、米国の国際収支の赤字を削減してドルの流出を防ぐ目的により、外国の通貨当局に対してドルと金との交換停止を通告したのである。これによって、戦後続いてきたドルを基軸通貨とする固定相場制は終了し、1ドル360円の固定相場制は中止され、変動相場制に移行したのである。欧州各国は変動相場制の対応に追われるなか、日本だけは輸出企業を守るために、円レートを守ることを最優先課題とした。12月のスミソニアン合意により、1ドルは308円に切り下げられたのだが、円の切り上げが不可避となっても、それを最小限に押さえ込もうと必死の対応をしたのである。その結果が、大量の国債発行による内需拡大と極端な金融緩和の実施となった。」

(文春新書「日本国債は危なくない」より)
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# by nihonkokusai | 2005-07-22 10:29 | 国際情勢 | Comments(3)

「昭和30年代の高度経済成長」

 昭和30年(1955年)あたりから日本経済は高度経済成長の波に乗り、好景気が昭和39年(1964年)まで続くことになる。

 昭和30年(1955年)から昭和32年(1957年)にかけて、日本は「神武景気」と呼ばれた大型景気を迎えた。1950年から1953年における朝鮮戦争による所謂、朝鮮特需によって、もたらされた。神武景気の名前の由来は、神武天皇が即位して以来最大の好景気だからだそうである。

 昭和31年の経済白書には「もはや戦後ではない。われわれはいまや異なった事態に当面しようとしている。回復を通じての成長は終わった。今後の成長は近代化によって支えられる」と表記されているが、それだけ戦後の日本経済が立ち直ってきたという証でもあった。電気冷蔵庫、電気洗濯機、テレビ受信機の「三種の神器」が登場し、こういった家電製品の普及は個人消費に大きく貢献したと言われる。

 「なべ底景気」と言われる景気減速を経て、昭和34年(1959年)あたりから再び景気が上向き、のちに「岩戸景気」と呼ばれた神武景気を上回る好景気が続いた。「天照大神が天の岩戸に隠れて以来の好景気」から「岩戸景気」と名づけられたそうだが、このころ私は生まれている。私が生まれてまもなく写された写真には、白黒テレビが写っていたが、皇太子のご成婚によってテレビ受像機が急速に普及したのもこの頃だそうである。ちなみにテレビ放送開始は昭和28年である。「投資が投資を呼ぶ」とも言われ設備投資が景気を引っ張り上げていった。鉄鋼や造船、自動車、電気などの工場や石油コンビナートが京浜工業地帯などに立ち並んでいった。この「岩戸景気」は42か月にも及ぶ持続的な景気となったのである。

 昭和35年(1960年)に実施された池田内閣による「所得倍増」をスローガンとした高度経済成長政策も日本経済の追い風になった。まじめに働けば給料は確実に増えてゆき徐々に出世も可能となった。夢のマイホームも次第に夢ではなくなり、主婦も家電製品の浸透とともに重労働となっていた家事からだいぶ開放されるようになっていた。まずしいなりに夢を抱ける時代であった。まじめに働けば親の世代よりも裕福になれると信じ、日本人は一生懸命働いたのである。
 国民は確かに幸せになったと思う。当時の日本の経済システムが有効に機能し、それは政治としてもある面での成功を果たしたともいえる。しかし、所得倍増計画を言い出した池田さん自身が、晩年「何か国家としての忘れ物をしてきてしまった」と側近に漏らしているといわれるように、そのつけはあとの時代に露見してくる。

 昭和38年(1963年)には「東京オリンピック」を控えて公共投資が活発化した。夢の超特急といわれた東海道新幹線や首都高速道路、東京モノレール、そして黒四ダムといった大型の公共工事が次々に行われてきたのである。
 しかし、東京オリンピックが始まった昭和39年(1964年)10月ごろから日本の景気は急速に冷え込みはじめ後退局面に入ったといえる。すでに昭和36年(1961年)ごろから中小企業の倒産が増加しており、株価も下落していた。企業収益も減りつつあったのだが、それが顕在化したのが昭和39年(1964年)の後半であった。

 昭和40年(1965年)に入ると、サンウエーブや山陽特殊製鋼など大手企業の破綻が相次いだ。株価も急落し続け、信用不安も広がりをみせていた。信用不安に対しては、山一證券への日銀法25条にもとづく無担保・無制限の特別融資(日銀特融)が実行されたことでなんとか収まったのだが、株価の下落はさらに続いた。これが「40年不況」と呼ばれ、金融緩和も効果がなく、財政面からの公共事業が促進されることになり、戦後初めてとなる「国債発行」が準備されることとなったのである。

 昭和40年(1965年)7月、佐藤栄作首相、福田赳夫蔵相のもと、政府は財政投融資の増額と、特例国債(赤字国債)発行を内容とする補正予算を決定した。税収不足を補うために発行されたこの時の特例国債(赤字国債)の発行額は2,000億円。同時に、昭和41年度(1966年度)の予算編成における「建設国債」の発行と大型減税も決定したのである。
 昭和41年(1966年)1月に、戦後初めての赤字国債(特例国債)が、期間7年、利率6.5%、価格98円60銭で発行された。そして、3月には大蔵省資金運用部による国債の引受も開始された。これにより、歳入を全額、税収や日本銀行納付金などの税外収入で賄えた均衡予算主義は崩れさった。この年以降、財政に国債が組み入れられようになり、「財政新時代」の幕開けとも言われたのである。

 昭和41年度(1966年度)に発行された建設国債は、6,656億円。昭和42年度(1967年度)は7,094億円。そして昭和43年(1968年)は少し減って4,621億円の国債が発行されている。しかし、すでに景気は回復し、経済成長率は3年連続で10%を上回っていた。いわゆる「いざなぎ景気」である。景気が回復基調となっても国の借金は増え続けていくのである。明らかに何かが変ってきたと言わざるを得ない。私は戦後の経済成長の区切りとして戦後初めての国債発行時ととらえている。
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# by nihonkokusai | 2005-07-21 10:45 | 国債 | Comments(0)
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「債券ディーリングルーム」ブログ版


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