牛さん熊さんブログ

bullbear.exblog.jp ブログトップ

<   2007年 10月 ( 33 )   > この月の画像一覧

「31日発表の日銀展望レポート」


 23日の読売新聞ネット版によると、「日本銀行が31日発表する中長期的な経済予測「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で、2007年度の実質国内総生産(GDP)成長率予測を前回(4月)の2.1%から1.9%前後へ下方修正することが22日明らかになった。」そうである。

 「4~6月期のGDPがマイナス成長に落ち込んだことや、6月に施行された改正建築基準法の影響で、新設住宅着工戸数が大幅減少したことを重視した。」としているが、それぞれ実際の景気情勢が反映されていると思えない節もある。

 たとえば4-6月のGDPがマイナスに下方修正されたのは4-6月期の法人企業統計で企業の設備投資(全産業)が前年同期比-4.6%と 17四半期ぶりのマイナスとなったことが要因であるが、これについてはサンプルバイアスの問題も指摘されている。法人企業統計の調査対象となるサンプル企業は、毎年4-6月期に入れ替えが行われる(調査対象の資本金1億円未満の中小企業約9400社すべて)。こうしたサンプル入れ替えに伴う統計の振れから、前年比等の数字が実勢以上に強含むなり弱含む可能性があるためである。

 また、新設住宅着工戸数が大幅減少したのは需要の低下が主要因でなく、あくまで6月に施行された改正建築基準法の影響である。もちろんこれによって住宅関連企業の業績落ち込むなどの懸念はあるものの、一時的なものとなる可能性もある。しかし、この要因を除いても郊外のマンション購入などが手控えられつつあるとの見方もあり、やや住宅市場も頭打ちといった可能性もある。

 「日銀は、引き続き利上げ時期を探る考えだが、市場では成長率予想を引き下げることで早期利上げが一段と難しくなるとの見方が強まっている。」と読売はしているが、成長率予想の引き下げが上記要因とするならば、それはあくまでテクニカルな要因が大きい。しかし、予測数字としては、これによって下方修正されてもおかしくはない。

 「物価の動向に関しては、利上げの判断材料になる全国消費者物価指数(CPI、生鮮食品を除く)の上昇率について、今春以降マイナスが続いていることから、07年度は0・1%とした前回予測をやや下方修正する見通しだ」(読売新聞)

 全国コアCPIについては今年度に入り、前年同月比-0.1%のまま推移しており、「0%」あたりへの下方修正はやむを得ないところか。2008年度については、読売も報じていたように前回同様の0.5%前後が維持されるとみられる。

 ここであらためて、4月の展望レポートを見てみると、先行きの経済に関して、第一の「海外経済の拡大が続くことを背景に、輸出は増加を続けると予想される。米国経済は、足もとは住宅市場の調整が続いていることなどから減速しているが、先行きは安定成長へ軟着陸する可能性が高い。」としていた。サブプライム問題の発生により、住宅市場のさらなる低迷も予想されるため一部文面の修正もあろうが、「先行きは安定成長へ軟着陸する可能性が高い」との見方は維持されるとみられる。

 第二の設備投資については、「高水準の企業収益が続く中で、設備投資は増加を続けると予想」との見方も変化はないとみられる。

 第三の「好調な企業部門から家計部門への波及が、緩やかながら着実に進んでいくとみられる」については、ややその遅れも指摘されるため、若干ニュアンスの変更もありうるか。

 第四の「極めて緩和的な金融環境が引き続き民間需要を後押しするとみられる」点も変化はないとみられる。

 消費者物価指数(除く生鮮食品)については、「目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大するとみられる」点は維持されるとみられるが、「その結果、2007年度はごく小幅のプラス」については、4月移行の全国コアCPIの前年比で-0.1% が続いていることから「小幅のプラス」が「ゼロ近傍」あたりに変更されるとみられる。

 リスク要因に関しては、第1の海外経済の動向、特に米国の動向に関し「住宅市場の調整が予想以上に深いものとなったり、設備投資が下振れた場合、景気は一段と減速する可能性がある」との文面はそのままとなりそうである。第2のIT関連財の需給動向について第1のリスクに較べてそれほど大きいものではないことで、文面が多少変更される可能性がある。米国経済でもハイテク企業の業績が好調との側面も。

 第1の柱、先行き2008年度までの経済・物価情勢の見通しについては、「物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高いと判断は維持されよう。

 第2の柱の、より長期的な視点を踏まえた金融政策運営の観点から重視すべきリスクにも大きな変更はないとみられる。

 その上で、「中長期的な物価安定の理解に照らして、日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認し、リスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えられる。」との見方も継続されるとみられる。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-24 10:48 | 日銀 | Comments(0)

「IMFC終了後の福井総裁発言要旨より」


 日銀のホームページに「IMFC終了後の福井総裁、篠原財務官記者会見における総裁発言要旨より」がアップされた。IMFCとは20日にワシントンで行なわれた国際通貨金融委員会である。福井日銀総裁は、G7やIMFCなどを通じFRB のバーナンキ議長やECB のトリシェ総裁との会談等において活発な意見交換を行なったものとみられる。

 ここにおいて、米サブプライム問題による影響が「世界経済の成長にとって不透明要因となっている」ものの、「エマージング諸国の高成長にも支えられ、世界経済のファンダメンタルズは引き続き強い」ということが確認されたことも示している。

 今回のサブプライム問題の原因として福井総裁は、「Great Moderation」という状況が続いてきた中で、エマージング諸国の台頭が進み、ここに産油国も加わり、これら豊富な国際的な資金の流れが飛躍的に拡大。ここに、金融面でのイノベーションも加わったものの、その一部にリスクの評価に緩みが生じ、その後の市場の自律的な調整に繋がったと指摘している。

 グローバル・インバランスの問題や、エネルギー価格の高騰や希少資源の価格の高騰という問題といったような本質的課題を念頭において、世界の経済・金融を大きな構図で捉えて行くことが重要だとも指摘している。

 その上で、「こうした課題を乗り越え、世界経済の持続的な拡大を確保していく必要があります。そのために、各国がそれぞれの立場で適切な施策を実施していくことを改めて確認しました。」としており、日銀としても他国の金融政策に影響されるのではなく、自らの立場で今後の金融政策を行なっていく姿勢を示した。

 今後のマーケットとの対応については、「予見可能性を人々が早く抱くようになり、問題が起こった後のショックの吸収能力とキャパシティー(吸収余力)も大きくなるという形で、常に前向きに何か新しいものを作り上げていくという良いリズムをうまく見出していけるかどうかが課題となっていると思います。」との姿勢は適切なものと思われる。

 そして、金融政策の運営に関しては、「単に先を読むということではなく、常に過去を振り返り、その中から将来の政策運営に役に立つ要素を引き出し、かつそれに付加価値を加えて政策行動に結び付けていく」というフォワードルッキングな政策運営を維持することを示した。

 その上で、「われわれが思っている基本的シナリオに何か瑕疵があるということは確認されませんでした。われわれはむしろ確信を深めた」との発言もあり、最後に「われわれは一点の霧もない澄み切った世界に改めて戻るという幻想は持っておりません。常に先が読み難い状況の中で本当に正しい政策を行っていくことが本来の姿であり、今後ますますそういう姿になっていくという覚悟を各国政策当局者はしっかり持っているということが、今回確認されました。」と結んでいる。

 今回のG7やIMFCにおいて、日銀としてもFRBやECBの姿勢に変化があったりかどうかを見極めたいということもひとつの課題であったのではないかと思う。今回の福井総裁の発言からは、日銀がこれまでのシナリオを変更するほどの影響はなく、フォワードルッキングな政策運営を維持した上で、それぞれの立場で適切な施策を行なうとの立場を示した。つまり日銀とすれば、「リスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行う」(全国信用組合大会における武藤副総裁挨拶より)姿勢に変化はないことを示したものと思われる。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-23 09:59 | 日銀 | Comments(0)

「ブラック・マンデーから20年」


 1987年10月19日月曜日、この日のニューヨークダウ工業株30種平均は引け値で前週末より508.32ドルも下がり、下落率で22.6%と過去最大規模の暴落となり、この暴落は世界の株式市場に飛び火した。

 20日の東京市場では、日経平均株価は前日比3836.48円(14.9%)の下げとなるなど、世界的な株価暴落を招いたが、これがのちに「ブラックマンデー」と呼ばれ、金融市場の歴史に刻まれている。これを受けて、日銀は短期金利の低め誘導を実施し、ここから債券相場は急反発したのである。

 当時、私は債券ディーラーになってちょうど1年目となっていた。当初の1986年10月から1987年3月まではまさに試行錯誤の連続となり、1986年度は半年だけであったが、結局、トータルで損失となってしまった。しかし、その反省を生かして、1987年度以降は年度ベースではなんとか収益はプラスを維持した。そんな1987年度だが、債券市場にとってもこの年度は、このブラックマンデーのみならず、その前に引き起こされたタテホショックもあってかなりの大荒れともなっていた。

 10年89回債を主体とした債券ディーリング相場は崩壊し、金融機関のみならず、事業法人でも債券相場において大きな損失が発生した。そして、1987年9月2日、タテホ化学工業が債券先物取引において286億円もの損失を出したことが明らかになった。このニュースにより、債券市場において、いわゆる「タテホショック」が引き起こされ、債券相場は暴落(長期金利は急上昇)したのである。9月3日から5日までの3日間で、89回債は1%あまりも利回りが上昇した。

 1987年5月中旬に債券売買の決済期間の短縮されるとの発表があり、また10月国債が3年3か月ぶりに休債(予定されていた発行を中止すること)、日銀の短期金利高め誘導などがあったことで、債券相場は10月まで下落を続けたのである。また、企業の借り入れ需要が起きたことをきっかけに、生保、都銀が債券ポジションを縮小させたことなども影響した。このため、10年国債利回りは5月から10月にかけて、2.55%から6.4%に上昇したのである。

 そして、10月19日のブラックマンデーをきっかけに債券市場は今度は急反発(利回りは低下)し、まさに相場が大きく変動しただけに、ディーラーにとってはまさに儲けるチャンスでもあったとも言えた。

 しかし、ここにきての債券市場動向を10年債の利回りを年ベースでみると、2000年1.530-1.990%、2001年1.020- 1.630%、2002年0.895-1.570%、2003年0.430-1.675%、2004年1.190-1.940%、2005年1.165- 1.630%、2006年1.405-2.005%、2007年が現在のところ1.500-1.985%と2003年に1%以上の動きはあったものの、そのほかの年は1%以内の動きに止まっている。それはそれで利回りが安定しているともいえるが、以前にはわずか3日間で利回りが1%も揺れ動いたこともあったのである。市場関係者にとりこういった変動も起こりうることは常に認識しておく必要もあると思われる。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-22 10:29 | 債券市場 | Comments(0)

「ベージュブック」


 ベージュブック(Beige book)とは正式には米地区連銀経済報告書(Summary of Commentary on Current Economic Conditions by Federal Reserve District)のことで、12の地区連銀が管轄地域の経済状況や景気動向を収集し、FOMCに提出するものです。FOMCが開催される2週間前の水曜日に公表されます。 ベージュブックは、FOMCでの金融政策を決定する上での討議資料となっており、金融政策を変更する際の判断材料になります。

 31日のFOMCの2週間前の水曜日にあたる17日に発表されたベージュブックでは、次のような内容となっています。

 9月と10月上旬にかけてすべての地域で、経済活動は引き続き拡大基調となっている。ただし、拡大のペースは8月以降は減速。アトランタ、ボストン、シカゴ、ミネアポリス、ニューヨーク、フィラデルフィア、およびセントルイスの7連銀の地区では前回と景況感は変わらず。クリーブランド、ダラス、カンザスシティー、リッチモンド、およびサンフランシスコの5連銀の地域では経済は減速した。

 拡大のペースについては、「適度」、「穏やか」、「ミックス」などに分かれた。

 個人消費が拡大したものの、レポートではややまちまちとなっており、成長は9月、10月上旬の伸びは8月より鈍化した。製造業とサービス業は拡大傾向となったが、、サービスは住宅建設と不動産関連取引に影響を受けた。いくつかの製造関連企業やサービス会社は、内需が弱いものの世界市場への好調な輸出によって、これが相殺されたと報告された。

 住宅市場は減速し続けている。ほとんどの地区で国内販売、価格、および建設が悪化したと報告された。金融機関からは、焦げ付きの増加や信用に対する質の低下が報告された。 多くの地区の貸し手は与信基準が厳格化された。報告では、企業向け融資が増加しているものの、個人向け融資は減少もしくは伸びが鈍化している。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-19 10:56 | 景気物価動向 | Comments(0)

「9月の米住宅着工件数」


 17日に米商務省が発表した9月の住宅着工件数(季節調整済み)は、年率換算で119万1000戸となり、市場予測を大幅に下回り、前月比で10.2%の大幅な減少となった(前年同月比で30.8%減)。119万1000戸は、1993年3月の108万3000戸以来、14年半ぶりの低水準となる。

 「Privately-owned housing starts in September were at a seasonally adjusted annual rate of 1,191,000. This is 10.2 percent below the revised August estimate of 1,327,000 and is 30.8 percent below the revised September 2006 rate of 1,721,000.」(米商務省センサス局のホームページより)

 また、先行指数とされる新築許可件数は年率122.6万件となり、8月と比較して7.3%の減少とこちらも低い数字となっていた。

 「Privately-owned housing units authorized by building permits in September were at a seasonally adjusted annual rate of 1,226,000. This is 7.3 percent below the revised August rate of 1,322,000 and is 25.9 percent below the revised September 2006 estimate of 1,654,000.」
(米商務省センサス局のホームページより)

 米サブプライム問題の影響が、こういった指標にも現れているとみられる。バーナンキ議長は、講演で住宅市場が一段と低迷し、来年初めまで経済成長の大きな重石になると発言しており、ポールソン財務相も、住宅市場の低迷は依然継続し、米経済にとり現在最もリスクと認識と発言していたが、それを裏付けるような数字ともなっていた。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-18 10:53 | 景気物価動向 | Comments(0)

「日本の利息の起源」


 「出挙」(すいこ)という言葉を聞いて、日本史の教科書を思い出す方もいるかと思います。貯蔵した初穂の稲を春に種籾として貸し出して、秋の収穫時に神へのお礼として五把の稲を利息の名目でお返しするという「出挙」は日本における利子の起源であり、金融の起源とも言われています。中国では古くからこういった利子付き貸借の慣習が存在したとされていますが、日本でも同様の慣習が行なわれていたとみられれています。実際に文献などでは、日本書紀に「貸稲」の語が登場し、これが出挙の前身ではないかとの見方もあるようですが、実際には757年に施行された養老令において「出挙」の語が現れ、これが制度化された日本の利息の起源だと見なされているようです。

 出挙という制度のそもそもの目的は、農民の生活を維持していくためのひとつの手段でした。出挙には国司が官稲を用いて行う公出挙と、個人が行う私出挙とがありました。律令制のもと、出挙は公出挙であれば、繁雑な事務を行わなくとも、強制的な公出挙を行うことで、多額の収入を確保することができたことなどから、国家の重要な財源となっていったことでのです。利息に当たる雑税のことは「利稲」と呼ばれていましたが、その利息は一般に公出挙で 50%という高い利息だったのです。

 平安時代末期には、借上と呼ばれる銭を貸して高利の利息をとる主として僧侶が営む専門の金融業者が現れました。そして、鎌倉時代になると土倉と呼ばれる質屋が借上に代わって金融業者の主流を占めるようになりました。

 鎌倉時代の末期からいわゆる南北朝時代にかけては、中国大陸から銭貨が大量に入り、それが社会に広く流通しはじめたことから、稲の出挙ではなく、金銭の出挙といったものも行なわれるようになったようです。

 室町時代に入ると、土倉は不特定多数の人々から利子付きでお金を集め、これを原資として貸付を行う合銭や、現在の為替に相当する替銭にも従事するようになり、土倉は預金、貸付および為替業務を営むまさに現在の銀行のような役割を持っていたのです。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-17 14:40 | 投資 | Comments(0)

「コール市場の誕生(「短期金融市場の基本とカラクリがよ~くわかる本」原稿より)」


 エドウィン・グリーンの「図説 銀行の歴史」によると、1820年代以降、手形割引商がロンドンに出現し、為替手形を銀行や他の会社に流すようになったそうです。手形割引商最大手のオーヴァーランド・ガーニー商会が1866年に倒産した後、これらの仲介業者の多くが株式会社方式を取るようになり、その後、こういった会社が、主として短期資金の仲介業務によって、イングランド銀行と市中銀行の間の緩衝物として重要な役割を果たすことになりました。

 日本においても短期金融市場の設立とともに、その仲介役としての短資会社の出現によって、短期金融市場が発展してきました。その歴史を振り返ってみましょう。日清戦争後の企業設立ブームにより、銀行も数多く設立され、国立銀行の多くが普通銀行になるなどしたことで、普通銀行が大きく増加しました。明治26年に銀行条例、明治30年には金本位制が確立されるなどしたことも影響し、明治34年には1867行もの銀行が設立されていたそうです。

 しかし、1901年(明治34年)には金融恐慌が発生しました。日清戦争後の反動不況に加え、米国経済の低迷などを受けて日本からの輸出が低迷となり、正貨流出を防ぐ目的で、日銀は一般貸出を抑制し、貸し出し回収をはかりました。1900年に九州の銀行で支払が停止し、明治34年4月には大阪の第七十九銀行と難波銀行が休業しました。これが全国に波及したのです。

 この金融恐慌の経験に基づき、預金に対する支払準備資金の必要性に対する認識が高まったことなどもあって、金融機関相互の資金繰りを最終的に調整し合う場として、1902年にロンドン市場をモデルに誕生したのがコール市場なのです。日本で最も歴史のある短期金融市場といえます。

 支払準備金の一形態として誕生したコール市場ですが、これ以降、このコール取引を主体業務とするビル・ブローカー(現在の短資会社)の設立が相次いだのです。ビル・ブローカーとは、Bill Broker、つまり証券、為替や手形を仲介する金融市場のブローカーです。

 1902年5月に藤本清兵衛が、金融機関の支払い準備金市場設立の必要性の高まりを背景に藤本ビル・ブローカーを設立しました。藤本ビルブローカー証券は、後に藤本証券と社名を変更し、日本信託銀行と合併して大和証券となりました。

 また、藤本ビル・ブローカーより独立した山根十吉が1909(明治42)に山根ビル・ブローカーを設立し、1942(昭和17)に山根短資株式会社に社名変更しています。 1909年には、東京短資の前身となる柳田ビル・ブローカーが創業を開始しています。コール市場のブローカーとしてこのように、短資会社が大きな役割を演じるようになります。

 「ビル・ブローカー」と聞いて、現在の金融市場関係者の多くも短資会社をイメージする人は少ないかもしれません。太平洋戦争の時代、敵性語は禁止されました。野球のストライクのことを「よし」と言い換えたように、「ビル・ブローカー」も名称を改め「短資会社」としましたが、されがそのまま現在でも用いられています。

(「短期金融市場の基本とカラクリがよ~くわかる本」は、10月24日より全国の書店にて発売されます。)
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-17 10:27 | 日銀 | Comments(0)

「サブプライム問題再燃」


 10月11日の福井総裁会見の中で、総裁は「米欧の金融市場ではいくつか改善の動きがみられていますが、全体としては、なお不安定な状態が続いています。」とし、「CDOやCLOなどは、サブプライムに関係の無いものも含めてスプレッドが高止まっており、取引も停滞」している点を指摘。「(米国の)短期金融市場では銀行間のレートはまだ高止まった状態が続いており、正常な状態に戻ったとは言えない状況」を説明していた。その上で、「これらの市場の動き・変化が実体経済そのものに最終的にどのような影響を及ぼすか、といった点が最も重要な注目点」であることを指摘している。

 そして、米シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェースなど複数の大手金融機関が、サブプライムローン問題に対応するため、共同で750億~1000億ドル規模というLTCMの危機の際の20倍強の支援ファンド設立を検討しているとも報じられた。協議は米財務省の主導で行われているようで、奉加帳が回ったのではないかともみられる。積極的に金融不安を回避しようとの姿勢とも取られるが、その反面、サブプライム問題による影響がまだ根強く残っていることも認識させるものとなった。

 また、野村ホールディングスは15日、米サブプライム問題で1456億円の損失を計上すると発表し、米国での住宅ローンの証券化事業から完全に撤退することも表明した。「米国で市場熟知していないと変調への対応手段限られるとわかった」とこの損失で野村HD社長のコメントもあったが、市場を熟知しているはずの米国の金融機関も大きな痛手を食っていたことも確かである。

 9月の短観に見られていたように足元の日本経済はしっかりしており、サブプライム問題による金融市場での不安心理が後退し、さらに懸念も強い米経済への影響もさほど大きくはないとの見方が強まれば、早期の追加利上げの可能性はあるとみていた。

 しかし、サブプライム問題による金融市場での不安心理はなかなか後退せず、米経済への影響についても、バーナンキFRB議長は15日の講演で「金融市場の混乱、FRBの景気見通しに多大な影響を与えた」「完全回復には時間を要する」といった発言もしており、こういったFRBの姿勢が、上記の日銀の福井総裁発言にも影響していたのではないかともみられる。

 このため、10月31日における日銀の追加利上げの可能性しはさすがに小さいと見ざるを得ず、米国経済や米国金融市場の動向を見ながら、日銀は年内での利上げのタイミングを模索していくものとみられる。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-16 13:08 | 日銀 | Comments(0)

「ムーディーズによる日本国債の格上げについて」

 
 「格付け」とは、債券などの元本や利息が、約定通りに支払われるかどうかの確実性を、専門的な第三者(格付機関)が評価して段階的に表示したものである。

 たとえば、ある会社が債券を発行したいとき、格付け機関に費用を払って格付けを取得する。もしこの格付けが高いと、その企業の安全性が高いことが認められたわけで、高い利子をつけなくても債券を発行できるようになる。格付け機関は、こういった企業の格付けのほかに、独自で国の格付けも実施している。

 米国の大手格付け機関のムーディーズ・インベスターズ・サービスは、1998年11月日に日本政府発行の国債の格付けを、Aaa(トリプルA)からAa1(ダブルA1)と最も高い段階から、一段階引き下げた。さらに2000年9月には、Aa1からAa2(ダブルA2)ともう一段引き下げ、 2001年12月にはもう一段格下のAa3(ダブルA3)にまでに引き下げた。そして、2002年5月には、A2まで二段階も引き下げていた。

 先進七カ国の中でみると、米国、英国、フランス、ドイツ、カナダがAaa(トリプルA)となっており、イタリアは2002年5月にAa3(シングルA3)からAa2(シングルA2)と一段階引き上げられている。

 日本国債の格下げの理由として、ムーディーズは「日本の政策では国内債務の持続的悪化に歯止めがかけられないため」といったことをあげていた。(以上、拙著「日本国債は危なくない」より)

 そして、ムーディーズ・インベスターズ・サービスは2007年10月11日に、日本政府の円建て国内債券(日本国債)の格付けをA2からA1に引き上げた。

 ちなみに現在のところ、A1(シングルA1)格の国には、チェコ、中国、キプロス、ギリシャ、チリ、バハマ、ボツワナ。A2(シングルA2)格の国には、イスラエル、ハンガリー、ポーランド、南アフリカ、ラトビア、リトアニアなどとなっている。

 7月にムーディーズは日本の格付けA2を引き上げ方向で見直していたが、今回の格上げの理由は、福田新政権下で財政方針が継続されるとの期待を反映したものだとか。

 2002年5月にムーディーズ、日本国債をAa3からA2に引き下げていた。こういった格付け会社の格下げに対して2002年4月に財務省は欧米の格付け会社3社に対して、日本国債の格付けに関する「意見書」を送付していた経緯もあった。

 今回の格上げに対して、相場への影響はほとんど皆無となっていた。格下げの際にも肝心の日本国債はほとんど無視といった状態ともなっていたのことからも当然の動きか。

 しかし、格下げの理由も良くわからないが、このタイミングでの格上げの理由もまた良くわからない。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-15 10:18 | 国債 | Comments(0)

「短期金融市場の基本とカラクリがよ~くわかる本」


 秀和システムさんより、私の6冊目となる本が10月24日に発売されます。
 題名は「短期金融市場の基本とカラクリがよ~くわかる本」
 定価 2,100 円(本体 2,000円)です。

 この本の半分程度が日銀の役割や金融政策に関するものとなり、そしてその金融政策に大きく関わっている短期金融市場について知っておきたい項目を網羅しました。金融について興味のある学生や社会人の方々はじめ、金融の現場にいる方にも、ぜひ読んでいただければと思います。

目次

第1章 日本銀行の役割
1-1 日本銀行の役割
1-2 銀行の銀行
1-3 政府の銀行
1-4 通貨の発行
1-5 最後の貸し手
1-6 物価の番人
コラム 世界の中央銀行

第2章 日本銀行の歴史
2-1 中央銀行の歴史
2-2 イングランド銀行の歴史
2-3 連邦準備制度理事会(FRB)の歴史
2-4 欧州中央銀行(ECB)の歴史
2-5 日本銀行の設立以前
2-6 日本銀行の設立
2-7 戦前の日本銀行
2-8 日本銀行法の公布
2-9 日銀法改正に向けての歴史

第3章 日本銀行の業務と仕組み
3-1 新日銀法
3-2 日本銀行の組織
3-3 オペレーション
3-4 日銀券の発行と流通
3-5 当座預金取引
3-6 決済業務と日銀ネット
3-7 日銀考査
3-8 統計やレポート

第4章 日本銀行の金融政策
4-1 金融政策の目的
4-2 政策委員会
4-3 金融政策決定会合
4-4 金融政策の決定
4-5 金融政策における独立性
4-6 議決延期請求権
4-7 金融政策における透明性
4-8 市場との対話
4-9 各国の金融政策

第5章 金融政策の移り変わり
5-1 日銀法改正以前
5-2 日銀法改正
5-3 新生日本銀行
5-4 第一次ゼロ金利政策と解除
5-5 量的緩和政策の導入
5-6 デフレと追加緩和
5-7 量的緩和政策とゼロ金利政策の解除
5-8 2つの柱
コラム スイスのゼロ金利政策とその解除

第6章 金融政策の影響と効果
6-1 金融政策の影響
6-2 無担保コールレートとロンバート金利
6-3 金融政策と短期金融市場との関係
6-4 金融政策と債券市場との関係
6-5 金融政策と外国為替市場との関係
6-6 金融政策と株式市場との関係
6-7 金融政策と政治
6-8 金融政策とマスコミ
コラム 「決定会合での5対4はありうるか」

第7章 インターバンク市場の役割
7-1 短期金融市場とは
7-2 無担保コール市場
7-3 有担保コール市場
7-4 手形売買市場
7-5 米国のフェデラル・ファンド市場と日本のコール市場
7-6 量的緩和政策と短期金融市場
7-7 決済とRTGS

第8章 インターバンク市場の歴史
8-1 銀行の誕生
8-2 銀行の発達
8-3 日本での銀行設立
8-4 手形交換所
8-5 日本でのコール市場の誕生
8-6 有担保から無担保に
8-7 手形売買市場の誕生
8-8 金融政策の目標の変遷

第9章 インターバンク市場の仕組み
9-1 インターバンク市場の参加者
9-2 短資会社の役割
9-3 インターバンク市場取引の概要
9-4 無担保コール取引の概要
9-5 有担保コール取引の概要
9-6 日中コール取引
9-7 手形売買取引の概要
9-8 ドル・コール市場と東京オフショア市場

第10章 オープン市場の機能
10-1 オープン市場の概要
10-2 現先市場の概要
10-3 短期国債市場の概要
10-4 CD市場の概要
10-5 CP市場の概要
10-6 レポ市場の概要

第11章 オープン市場の歴史
11-1 現先市場の歴史
11-2 短期国債市場の歴史
11-3 CD市場の誕生
11-4 CP市場の誕生
11-5 レポ市場の設立

第12章 オープン市場の仕組み
12-1 現先取引の仕組み
12-2 短期国債取引の仕組み
12-3 CD取引の仕組み
12-4 CP取引の仕組み
12-5 レポ取引の仕組み
[PR]
by nihonkokusai | 2007-10-12 13:51 | 本の紹介 | Comments(0)
line

「債券ディーリングルーム」ブログ版


by nihonkokusai
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー