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カテゴリ:金融の歴史( 60 )

平清盛と貨幣経済

 日銀の森本審議委員は3月22日に兵庫県で講演したが、その際に神戸にゆかりのある平清盛について下記のように触れている。

 「平清盛は、幕末の神戸開港に先駆けること約700年前に、大輪田泊(神戸市兵庫区)を修築して宋との貿易を活発化させました。また、物価安定には苦労したようですが、大量に輸入した宋銭を流通させ、現在へとつながるわが国の貨幣経済発展の道筋をつけるなど、中世の日本経済で大きな役割を果たしたと言われています。」

 平安時代の中期に皇朝十二銭は鋳造が取りやめとなり、それまでの貨幣は粗悪で使われなくなったことで貨幣は交換手段として利用されなかった。その後、価値基準として使われたのが米や絹であった。しかし、平安時代の末期から農業生産力が向上し、商品流通の拡大などを背景として貨幣に対する需要が高まった。また、中国との貿易などにより大量の銅銭が輸入されるようになり、「渡来銭」と呼ばれた銅銭が貨幣として使われるようになった。

 この中国からの銅銭の購入に使われたのは奥州などで産出された「金」であった。当時の日本は東アジア地域有数の金の産出国であり、大量の金が中国向けに輸出され、それがマルコ・ポーロの「東方見聞録」における 黄金の国「ジパング」伝説に繋がったのである。

 渡来銭はその後、室町時代中期あたりまで国内に流入し、江戸時代前期まで国内貨幣として広く流通することになるが、ここには平清盛が大きな役割を果たすこととなる。平清盛は南宋との貿易で大量の銅銭を輸入し、朝廷に働きかけて銅銭の流通の許しを得て渡来銭を決済手段とし、これにより絶大な経済力と権力を手中にした。大量の銭が流通することにより貨幣経済も急速に進んだのである。

 百練抄という歴史書には、「銭の病」という記述があるとか。1179年6月に流行したお多福風邪らしき疫病が「銭の病」と呼ばれたとされているそうである。しかし、この「銭の病」の正体は、インフレであるという学説もある。また、平安時代の末から大量の渡来銭が輸入されて貨幣経済の発達とともに、富裕な僧侶などが延暦寺など有力寺社の保護のもと、銭を貸して高利の利息をとる専門の金融業者が現れた。つまり多額の債務者が発生したことで、銭の病と呼ばれたとの見方もある。貨幣経済の発展の初期段階でインフレやデフレ、さらに債務問題等がすでに発生していたとみられ、なかなか興味深い。このあたり興味のある方は、「経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書(山田真哉著)」なども参考になるのではなかろうか。

 平家が壇ノ浦で滅亡し、源頼朝が開いた鎌倉幕府は中国からの銭の輸入を行わなかった。その後一時的に銅銭の流通を認めたものの、貨幣経済が混乱するとの理由から、再び銅銭の流通を否定した。しかし、貨幣経済の進展により、1226年に鎌倉幕府も渡来銭の利用を公式に認めるようになったのである。海外からの輸入に頼り、国内での貨幣の鋳造が行われなかったのは、当時の政府には地方で産出される銅から貨幣を生産するほどの力が存在していなかったことも要因として指摘されている。


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by nihonkokusai | 2012-03-27 09:22 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第37回 BISの設立と金本位制の中断・復帰

 第一次大戦後のドイツの賠償金支払いを統括する機関として、中央銀行をメンバーとして設立されたのが国際決済銀行(BIS)です。本部はスイスのバーゼルに置かれました。BISの業務には、賠償金の支払いの振替に加え、国際債務の決済も含まれました。

 第二次大戦後は「中央銀行の中央銀行」として、中央銀行間の国際協力の要として活動しています。中央銀行のための銀行として預金の受け入れ、為替の売買を行っているほか、国際金融問題について各国の中央銀行が討論する機関ともなっています。

 第一次世界大戦により、各国政府とも戦争によって増大した対外支払のために金貨の政府への集中が必要となり、金の輸出を禁止し通貨の金兌換を停止せざるをえなくなり、その結果、金本位制を中断し一時的に管理通貨制度に移行しました。

 世界最大の為替決済市場であったロンドンのシティが一時活動を停止し、各国間での為替手形の輸送が途絶したことなどが影響しました。1919年にアメリカ合衆国が復帰したのを皮切りに、再び各国が金本位制に復帰し、1925年にイギリスも戦前の交換比率で金本位制に復帰しました。


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by nihonkokusai | 2011-11-21 18:37 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第36回 第一次世界大戦におけるイギリスの資金調達

 1914年7月に第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパ大陸諸国の証券取引所やニューヨークの証券取引所が大混乱に陥りました。当時の世界金融の中心地であったロンドンのシティの証券取引所の取引が停止され、為替市場も停止したのです。 この危機に際し、イングランド銀行は公定歩合の引き上げと流動性供給策を行いました。銀行法(ピール条令)も停止され、イングランド銀行に法定限度を超える発券を認め、さらに1ポンドと10シリングのカレンシー・ノートと呼ばれる政府紙幣も発行されたのです。この政府紙幣は戦局が長引くにつれ増発され、物価上昇に要因となるとともに、イギリスにおける金本位制復帰の大きな障害になることになります。大戦中は流通現金ばかりでなく銀行預金も急増しました。

 資金調達のために国債も大量に発行されました。第一次世界大戦に際しイギリスで発行された国債の多くが5%クーポンであったことで、第一次世界大戦が「5%の戦争」と呼ばれたのに対し、第二次世界大戦では主に3%クーポンの国債が発行されたことで、「3%の戦争」と呼ばれました。(富田俊基著「国債の歴史」より)。

 1914年に3.5億ポンドの第一回軍事公債(1928年3月償還)が発行されたのですが、これは償還期限が決められていました。それまで発行されていたイギリス国債の中心は償還期限のないコンソル債であったことで、これ以降はイギリスにおける国債発行の発行形態が大きく変化しました。1915年3月には満期5年の国庫債券が発行されました。

 しかし、国庫債券の発行は次第に低調となったことで、その後国債の発行は短期国債や小口の国民軍事債券の発行が主体になりました。また、イギリス政府は外貨建て国債を初めて発行し、アメリカではドル建ての英仏共同国債がJPモルガンを財務代理人として発行されたのです。また、円建てのイギリス国債(期間3年)が1916年12月に発行されました。アメリカの参戦後は、イギリスはアメリカ政府から直接借り入れを行いました。アメリカは大戦を通じ債務国から世界最大の債権国に転換したのです。


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by nihonkokusai | 2011-11-17 17:38 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第35回 J・P・モルガンと米国中銀の設立

 ジョン・ピアモント・モルガン(J・P・モルガン)は、J・P・モルガン個人銀行の最高責任者であり、1890年代以降はニューヨーク・ファースト・ナショナル銀行の中心人物であり、さらにまた1907年以降はナショナル・シティ銀行の主要株主でした。これらを拠り所としてアンドリュー・カーネギーほか米国内の鉄鋼会社を買収し、USスチール社を設立し、この結果、世界初の時価総額10億ドル企業が誕生しました。

 1895年にアメリカの金準備が大きく落ち込み、これ対して銀行シンジケート団を動かしてアメリカからの金流出を阻止したのもJ・P・モルガンです。また、銅に対する大規模な投機の失敗が銀行取り付けを誘発し、それによって迎えた1907年の金融危機に際してもきわめて重要な働きをしています。この危機に際してJ・P・モルガンが出した提案が1913年の連邦準備制度設立のきっかけのひとつとなりました。

 米国は連邦制を採用し、さらに東部と西部、北部と南部といった地域的な対立などがあったことで、中央銀行の設立には大きな抵抗があったのです。しかし、19世紀から20世紀にかけて幾度も恐慌が発生し、銀行の倒産や企業の倒産などにより深刻な不況が生じました。このため「金融システムの安定化」が求められ、中央銀行の設立の機運が高まったのです。

 1913年に12の地区連邦準備銀行と、これを監督する連邦準備委員会がワシントンに設立されました。中央銀行の設立には引き続き反対意見も多かったことから、全米の12地区に地区連邦準備銀行を設立し、それぞれの地区で銀行券である連邦準備券が発行され、各行ごとに公定歩合が設定されることとなったのです。


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by nihonkokusai | 2011-11-16 16:00 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第34回 南北戦争後の投機と恐慌

 アメリカでは南北戦争時の不換紙幣発行増によるインフレなどから兌換制度への要望が強まり、1873年の「貨幣法」によって金本位制をアメリカの通貨制度として定め、1879年に施行されました。この金本位制への移行が、その後の不況やデフレの要因とされ、金銀複本位制を求める運動も広まりました。しかし南アフリカやアラスカなどで金鉱が発見され金貨の鋳造が増えたことで、こういった運動も収まり、1900年3月に議会は金とドルを固定させる「金本位制」を明記した通貨法を制定し、これによりアメリカでの金本位制が確立されたのです。

 南北戦争後、アメリカはイギリス資本などをもとにして北部を中心に急速な工業化により経済発展を遂げました。1859年のペンシルバニア州での油田の発見、1869年にオマハとサクラメントを結ぶ最初の大陸横断鉄道が開通、1882年にはエジソンの電灯が点りました。鉄道や道路インフラも整備され、アメリカは巨大な生産力を保持するようになり、工業生産は1894年には世界一となるまでに発展したのです。

 イギリスでも起きた鉄道株を中心とした投機ブームが、アメリカ合衆国でも生じ、この投機の反動による恐慌も繰り返されていました。1869年9月には金の投機などの反動による暴落が発生しました。さらに1873年にも株の暴落が起き、ニューヨーク証券取引所が開設以来始めて取引を停止しました。この暴落の影響で恐慌が発生し、年末までに5千社以上が倒産し、ノーザン・パシフィック鉄道と、50近いニューヨークの証券会社が破産しました。

 1907年にも投機の反動による金融危機が発生し、JPモルガンによるトラスト・カンパニー・オブ・アメリカへの救済により、このときの危機は終息しました。この時代に鉄鋼王カーネギー、石油王ジョン・ロックフェラーなどの富豪が現れた反面、下層の人々は貧困に喘いでいました。当時は「金メッキ時代」とも呼ばれていました。「金メッキ時代」とは1872年に出された小説の名前ですが、この小説はアメリカ合衆国急激な経済成長に伴う拝金主義を皮肉り、政治経済の腐敗や不正を風刺したものです。この作者の一人がマーク・トウェインです。


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by nihonkokusai | 2011-11-14 18:10 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第33回 南北戦争と通貨

 1861年から1965年にかけて、アメリカ合衆国が南北に分かれて戦った南北戦争が勃発しました。戦争の資金調達のために北部連合政府と南部同盟政府はそれぞれ政府紙幣や国債を発行しました。

 北部政府は裏面が緑のインクで印刷された「グリーンバック」、南部政府は「グレイバック」と呼ばれた政府紙幣を発行しました。それぞれの政府は、1961年に国債、さらに利子のついた政府紙幣も発行しました。

 1863年に北部政府はグリーンバックの増発によるインフレ抑制のため、1863年に国法銀行が設立され、国法銀行による銀行券発行について規定する全国通貨法が制定されました。国法銀行は資本金の3分の1に相当する国債を購入し、これを担保に財務省から担保国債の価格の90%に相当する銀行券を発行したのです。1864年には同法を改正した国法銀行法により、銀行券の兌換は19の準備都市の銀行において集中的に行うこととされました(日銀「中央銀行と通貨発行を巡る法制度についての研究会」報告書より)。これによって南北戦争以前の複数通貨がグリーンバックと銀行券が流通する単一通貨の制度となったのです。

 この国法銀行制度を取り入れたのが日本から渡米し、現地視察を行った伊藤博文です。伊藤の建議により1872年12月に国立銀行条例が定められました。


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by nihonkokusai | 2011-11-12 20:03 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第32回 ドルの誕生

 アメリカ合衆国では1792年には貨幣法が制定されました。通貨の単位が「ドル」と定められ、金と銀の比価を1対15として共に正貨とする金銀複本位制が発足しました。それまで使われていた通貨は主にメキシコ銀貨でした。ちなみにアメリカ合衆国の通貨のドル(ダラー)という名前は、ドイツで使われた歴史的通貨のターラー (Thaler) から来ていると言われています。

 アメリカ合衆国における中央銀行の設立の機運が高まり、1791年に紙幣の発行や通商規制などの権限を有した「第一合衆国銀行」が設立されたのですが、すでに州立銀行を有していた州政府の反発などよって解散してしまいました。1816年には「第二合衆国銀行」が20%の政府出資により政府の銀行として設立されたのですが、これも州政府の反対などによって1836年に解散してしまったのです。

 連邦政府が銀行に対する規制に関与しなくなった1837年から、連邦政府により国法銀行制度が導入される1863年までの間は、フリーバンキング時代と呼ばれ、この時代には、多くの州で、一定の要件を満たせば発券銀行の設立を認めるという自由銀行法が制定されたのです。1860年には1562行もの銀行が銀行券を発行していました。


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by nihonkokusai | 2011-11-11 17:59 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第31回 投機ブーム再び

 1790年にイギリスで運河を対象にした投機熱が起きたのですが、1793年の経済危機をきっかけに投機ブームは終焉し、運河株は急落しました。その後、次々に独立を果たした南アメリカの国の債券がブームとなり、これは投資業界にとって初めての「新興国市場(エマージング・マーケット)」ブームが起きました。

1825年にはストックトンとダーリントンの間に世界で初めての商用鉄道が開通し、これにより鉄道を主体とした株式公開ブームが発生しました。1824年にネイサン・ロスチャイルドがアライアンス火災保険会社を設立するなど、1825年には70近い企業が株式を公開したのですが、この中には実態を伴わない企業もあったのです。

 投機ブームは1825年の春以降、終焉しました。銀行は商品投機のために商品の手形を割り引き、株や債券を担保に融資を拡大していったのですが、イングランド銀行は銀行券の発行残高の上昇に対し正貨となる金準備が減少したことで自行が破綻しかねない危機に直面し、信用の引き締めに動いたのです。

 イギリスでは金本位制を導入していたものの、地方銀行は1832年まで正貨の裏づけのない紙幣の発行を許されていました。株式投機熱の高まりなどから地方銀行は紙幣の発行額を増加させてきました。しかし、政府の規制も受けておらず経営基盤も弱かったことから、イングランド銀行の信用の引き締めにより、国内各地で取り付け騒ぎが発生し40行以上もの地方銀行が破綻していったのです。

 金融危機を受けて株価が大幅に下落し、すでにイングランド銀行の金準備は100万ポンドを割り込むまで減少しました。この信用危機に対処するため、それまで発行が禁じられていた5ポンド以下の小額紙幣の発行がイングランド銀行に許可され、造幣局が金貨を増産しました。またネイサン・ロスチャイルドがフランスから30万枚の金貨を持ち帰り、イングランド銀行に支払うなどの緊急手段によって、危機を脱することができたのです。しかし、この金融危機による経済への影響も大きく1826年は、ほぼ年間を通じて深刻な不況が続きました。

 1831年にリバプール・マンチェスター鉄道が開業し、時刻表に基づいた世界初の実用的な蒸気機関車を用いた鉄道が開通しました。鉄道が実用化されるにつれ、鉄道は人々の生活を一新させ、革命と呼ばれるほどの劇的な変化を生じさせることになりました。1840年台に鉄道会社の株が大きく上昇し、1845年にイギリスで投機ブームが発生しました。

 1844年にピール条例が成立し紙幣に対しての信用が高められたものの、新規公開された鉄道株への投機熱が次第に懸念材料となってゆきました。鉄道の新線計画は非現実的な数値にまで膨れ上がり、新規公開株も非現実的な価格に上昇したのです。

 1845年10月にイングランド銀行が金準備の減少を受け政策金利を0.5%引き上げて3%にしたことがきっかけとなり、投機熱が後退し鉄道株バブルが崩壊しました。ちなみにイングランド銀行は1839年から事実上金利操作を行うようになっていました。この鉄道株バブルの崩壊の影響により、1846年に入りイギリスの景気が悪化しました。

 穀物価格の上昇などを背景に金の流出が続き、1847年1月にイングランド銀行は政策金利を4%まで引き上げました。しかし、その後も金の流出は続き、金準備が危険水域にまで減少し、イングランド銀行はさらに政策金利を引き揚げ、割引の制限や又貸し出しの回収が行われたのです。10月にイギリス政府は法定最高限度を超えた銀行券発行を認めるなどしたことで、その後、逼迫は収束しました。


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by nihonkokusai | 2011-11-10 18:24 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第30回 金本位制の導入

 ナポレオン戦争により、イングランド銀行の保有する貴金属が激減し、一時的に兌換が停止されました。さらにナポレオン戦争の終結後、輸入が増大したことで金の流出が起きました。これにより紙幣価値が大きく下落し、インフレが発生しました。

 経済学者デイビッド・リカードは1810年に「地金の価格高騰について、紙幣暴落の証明」という小論を発表し、これをきっかけに金本位制に向けて議会に専門の委員会が作られました。1816年に貨幣法が成立し、これにより世界で始めてイギリスで金本位制が導入され、ソブリン金貨と呼ばれる1ポンドに相当する金貨が鋳造されたのです。

 イングランド銀行は1833年の銀行条例によって額面5ポンド以上のBOE券が法貨として認められ、同時に割引率も自由に変更が可能となりました。さらに1844年のイギリスの銀行法(ピール条令)によって、イングランド銀行以外の民間銀行が発行していた流通通貨の額を増やすことができなくなり、事実上イングランド銀行が通貨の発行権を独占することになりました。これは1820年代の英国の金融危機を受けてのものですが、これによりイングランド銀行は中央銀行としての地位を高めていったのです。

 ピール条例はイングランド銀行券の発行高を金準備による制約を課して、厳格に制限しました。この厳格な規制によりイングランド銀行券の価値は金と等しく見なされました。つまりイングランド銀行は、金と交換できるポンド表示の兌換紙幣を発行し、イングランド銀行が発行した紙幣と同額の金を常時保管することで、金と紙幣との兌換を保証することとなったのです。

 こうしてポンドはその通貨価値が金と等しくなったことで国際的にも信用度を高めて行きました。1816年の金本位制採用から1914年の金本位制度停止までの約100年近くの間、金平価によるポンドの信認が維持され、国際通貨として通用するようになり、国際間の取引がポンドを通じてロンドンで行なわれるようになったのです。これによりロンドンが世界の貿易金融の中心地となり、世界の銀行とも呼ばれるようになりました。イギリスに続き1871年にドイツ、1873年にアメリカ、1876年にフランスなど、欧米主要国は金銀複本位制や銀本位制などから金本位制へと移行しました。


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by nihonkokusai | 2011-11-09 18:32 | 金融の歴史 | Comments(0)

牛熊ゼミナール金融の歴史第29回 フランスやドイツにおける中央銀行設立

 1800年にナポレオン・ボナパルトがフランス内の貨幣統一を目指し、国家管理のフランス銀行(Banque de France)を設立しました。1803年には銀行券発行の独占権が認められ、1805年以降は国家が総裁と2人の任命権を持つようになりました。

ドイツでは国家公認の発券銀行として1835年にバイエルン不動産銀行、1838年にライプチッヒ銀行が設立されました。1846年に王立銀行がプロイセン銀行と改組され、1851年以降はプロイセンの首相が同行の頭取を兼任しました。1875年に連邦におけるプロイセン銀行の後継としてライヒス・バンクが設立されました。

 ベルギーにおいては、1851年にベルギー国立銀行が設立されました。他の銀行は新しい国立銀行の株の保有と引き換えに自前の銀行券の発行を停止し、これにより事実上、ベルギー国立銀行が銀行券の発行権を独占したのです。ちなみに、日本銀行の設立にあたっては、このベルギー国立銀行がモデルとされたのです。


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by nihonkokusai | 2011-11-08 11:40 | 金融の歴史 | Comments(0)
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