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カテゴリ:短期金融市場( 7 )

「セントラル短資さんの100周年記念パーティー」

 昨日、帝国ホテルで開催されたセントラル短資さんの100周年記念パーティーに参加させていただいた。たいへん活況なパーティーとなり、あらためて短資会社さんの業務の大きさや歴史の深さを感じました。

 短資会社さんの誕生については、拙著「最新短期金融市場の基本とカラクリがよーくわかる本」でも触れさせていただいており、その一部をご紹介したい。

 日清戦争後の企業設立ブームにより、銀行も数多く設立され、国立銀行の多くが普通銀行になるなどしたことで、普通銀行が大きく増加しました。明治26年に銀行条例、明治30年には金本位制が確立されるなどしたことも影響し、明治34年には1867行もの銀行が設立されていたそうです。

 しかし、1901年(明治34年)には金融恐慌が発生しました。日清戦争後の反動不況に加え、米国経済の低迷などを受けて日本からの輸出が低迷となり、正貨流出を防ぐ目的で、日銀は一般貸出を抑制し、貸し出し回収をはかりました。1900年に九州の銀行で支払が停止し、明治34年4月には大阪の第七十九銀行と難波銀行が休業しました。これが全国に波及したのです。 この金融恐慌の経験に基づき、預金に対する支払準備資金の必要性に対する認識が高まったことなどもあって、金融機関相互の資金繰りを最終的に調整し合う場として、1902年にロンドン市場をモデルに誕生したのがコール市場なのです。日本で最も歴史のある短期金融市場といえます。

 支払準備金の一形態として誕生したコール市場ですが、これ以降、このコール取引を主体業務とするビル・ブローカー(現在の短資会社)の設立が相次いだのです。ビル・ブローカーとは、Bill Broker、つまり証券、為替や手形を仲介する金融市場のブローカーです。

 1902年5月に藤本清兵衛が、金融機関の支払い準備金市場設立の必要性の高まりを背景に藤本ビル・ブローカーを設立しました。藤本ビルブローカー証券は、後に藤本証券と社名を変更し、日本信託銀行と合併して大和証券となりました。

 また、藤本ビル・ブローカーより独立した山根十吉が1909(明治42)に山根ビル・ブローカーを設立し、1942(昭和17)に山根短資株式会社に社名変更しています。(この山根短資と日本短資、名古屋短資が合併してできたのが現在の「セントラル短資」です)

 1909年には、東京短資の前身となる柳田ビル・ブローカーが創業を開始しています。コール市場のブローカーとしてこのように、短資会社が大きな役割を演じるようになります。

 「ビル・ブローカー」と聞いて、現在の金融市場関係者の多くも短資会社をイメージする人は少ないかもしれません。太平洋戦争の時代、敵性語は禁止されました。野球のストライクのことを「よし」と言い換えたように、「ビル・ブローカー」も名称を改め「短資会社」としましたが、されがそのまま現在でも用いられています。
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by nihonkokusai | 2009-10-09 09:11 | 短期金融市場 | Comments(0)

「ECBも非伝統的措置」

 欧州中央銀行(ECB)は、7日の定例理事会で主要政策金利を0.25%引き下げて1.00%とした。また、トリシェECB総裁は会見で、信用向けの支援拡大を進めるための非伝統的措置を発表した。

 まず、金融機関への資金の貸付期間を半年から1年に延長する。そして、ユーロ圏の金融機関が発行するカバードボンドと呼ばれるユーロ建て債券を買い入れる。これは堅実な資産を裏づけに発行されるファンドブリーフ債を念頭においているとみられる(日経)。詳細は6月4日の次回理事会で公表するとトリシェ総裁は発言したが、日銀流で言えば執行部に指示した、ということになるか。

 日経新聞ではこれを量的緩和策と報じていたが、トリシェ総裁は量的緩和に乗り出したわけではないと述べ信用緩和であるとした。ECBは日銀やFRB。イングランド銀行と異なり国を跨いだ中央銀行であり、国債を買い入れるにしてもどの国の国債を買い入れるのか、また社債についても同様の問題があり、日銀のような国債や社債の買いいれには踏み込みづらい。このため、米国と比べて間接金融の比率が高いことも考慮して、日銀と同様に金融機関を通じての資金供給を意識したものとみられる。

 昨日はイングランド銀行の金融政策委員会(MPC)も開催され、すでに量的緩和策を導入している量的緩和の実施時期を3か月から6か月に延長し、国債や社債の買取額を1250億ポンドと当初計画から500億ポンド増額させた。
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by nihonkokusai | 2009-05-08 08:37 | 短期金融市場 | Comments(0)

「ナショナル・バンク」

 今朝のテレビ東京のモーニング・サテライトに出演した五味前金融庁長官が最後の方で、日本は政府の管轄による「国立銀行」でスタートし、米国のような民間でスタートしたわけではない旨の発言があったが、この発言は事実と異なる。以下、拙著の「金融のことがスラスラわかる本」より、関連箇所を抜粋してみたい。

 米国の北部政府はグリーンバックの増発によるインフレ抑制のため、1863年に国法銀行が設立され、国法銀行による銀行券発行について規定する全国通貨法が制定されました。国法銀行は資本金の3分の1に相当する国債を購入し、これを担保に財務省から担保国債の価格の90%に相当する銀行券を発行したのです。1864年には同法を改正した国法銀行法により、銀行券の兌換は19の準備都市の銀行において集中的に行うこととされました。(日銀「中央銀行と通貨発行を巡る法制度についての研究会」報告書より)

 これによって南北戦争以前の複数通貨がグリーンバックと銀行券が流通する単一通貨の制度となったのです。この国法銀行制度を取り入れたのが日本から渡米し、現地視察を行った伊藤博文です。伊藤の建議により1872年12月に国立銀行条例が定められました。

(以上、「金融のことがスラスラわかる本」第5章より)

 銀行の設立も明治政府にとり大きな課題となりました。民間からも銀行設立の願いなどが相次いでいたのです。日本における本格的な商業銀行は、明治維新後に誕生した第一国立銀行とされています。明治政府は大蔵少輔伊藤博文の建議に基づいて、アメリカのナショナル・バンク制度にならった発券銀行制度を導入することとしました。

 この銀行制度の導入にあたっては、この伊藤案に対して、イングランド銀行をモデルにした中央銀行制度を導入すべし、とした吉田清成との間で銀行論争が闘わされていました。結局、井上馨の裁断によって、伊藤案が採用されることとなったのです。伊藤案を起案した人の中には、銀行界の中心的な人物となる渋沢栄一もいました

 1872年(明治5年)11月、国立銀行条例を制定しました。そして、国立銀行4行が設立され、銀行券発行が始まりました。銀行券の発行条件が厳しかったことなどから当初設立されたのは4行だけでしたが、条例の改正などにより全国的に銀行設立ブームが起こり、153行もの国立銀行が誕生しました。

 国立銀行という名称は、第一国立銀行の初代頭取となった渋沢栄一によりナショナル・バンク(連邦法に準拠して設立された銀行)の訳語として作られたのですが、文字通りの国立の銀行ではなく、政府とは資本関係のない民間の銀行でした。

(以上、「金融のことがスラスラわかる本」第6章より)
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by nihonkokusai | 2009-05-07 10:39 | 短期金融市場 | Comments(3)

「円金利先物の中心限月移行」

 日経新聞によると、東京銀行間取引金利(TIBOR)3か月物の将来の変動などを予想して取引する円3か月金利先物市場で、12月限の取引が急増し、現在の中心限月の6月限から、これまでならば9月限が中心限月となるはずであるが、それを飛び越えて12月限が中心限月となるという異例の事態の可能性がでて来た。これはTIBOR金利が日銀による企業金融支援特別オペにより、供給期間を3か月に限定しながらも社債など民間企業債務を担保に事実上、無制限に金融機関に資金を供給しており、これが9月末まで実施されることで、少なくとも年末あたりまではTIBOR金利は動かないと見ているためだとか。

 この異例ともいえる事態に対応するため、円金利先物を上場している東京金融取引所は最近、中心限月について新しい方針を固めたと日経は報じている。それは「5営業日連続で12月物の出来高が6月物を上回った場合に限月交代とすること」という内容だとか。今のところかろうじて12月限への中心限月の移行はなされていない。

 参考までに、債券先物の限月交代に関しては、イブニング・前場・後場の取引(立会外取引除く)の出来高が逆転した「翌営業日」から中心限月の定義が変わる。
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by nihonkokusai | 2009-04-22 10:30 | 短期金融市場 | Comments(0)

「ECB がレポオペの期間を延長」


 昨日、ECBはレポオペの期間(通常、2週間まで)を3か月に延長し、同時に期間91日の臨時買いオペにより、400億ユーロの資金供給を23日に実施することを明らかにした。さらに、金融政策スタンスをめぐるECBの立場は、8月2日のトリシェ総裁によって表明されたとのECBの声明も発表された。

 また、米国では先日の公定歩合引き下げで、シティやJPモルガンなど米銀大手4行が連銀窓口を通じて合計20億ドルを借り入れたと伝えられた。
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by nihonkokusai | 2007-08-23 09:52 | 短期金融市場 | Comments(0)

「イングランド銀行のスタンディング・ファシリティの利用」


 英国のイングランド銀行は21日に、前日20日スタンディング・ファシリティを通じ、金融機関に対して3億1400万ポンドの資金を貸し出したと発表した。ロイターによるとイングランド銀行は貸し出し先を明らかにしなかったものの、関係筋によるとこれを利用したのは英国内で第三位の銀行バークレイズだった模様。ただし、この借り入れは流動性危機に対応したものではなく、当日の銀行勘定をスクェアにするための措置であったとみられる。前回同制度が利用されたのは7月17日で、年初来では13 回目。

 スタンディング・ファシリティ(預金・貸出制度)は、イングランド銀行が銀行に対して政策金利であるレポレート(現在5.75%)より、100bp高い金利で限度なしに貸し出す制度である。日本での補完貸付、米国でのプライマリークレジットに該当するものとみられる。
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by nihonkokusai | 2007-08-22 10:56 | 短期金融市場 | Comments(0)

「東京金融先物取引所、翌日物金利先物を12月に上場」


 21日付け日経新聞によると、東京金融先物取引所は20日、短期金利の代表的な指標である「無担保コールオーバーナイト物金利を対象とする翌日物金利先物」及び「GCレポ・スポットネクスト物金利を対象とする翌日物金利先物」の先物取引を今年の12月3日に上場する予定であると発表した

 東京金融先物取引所は、両商品を上場する理由のひとつとして、「両商品それぞれが現行のOIS取引に加え、新しい取引ツールとして、マーケットの多様性に貢献できること」としている。また、米国でも同様の先物が上場されている。

 商品は取引対象が「翌日物金利の月中平均値」、最小変動幅0.005%、限月は各月の限月を12限月、取引単位が元本3億円、決済は差金決済となる。

 無担保コール翌日物金利は、日銀が金融政策で誘導している金利、つまり政策金利である。無担保コール翌日物金利先物取引では、現行のOIS取引と同様に市場参加者による金融政策の予想が反映される仕組みとなり、店頭取引のOIS取引に較べ取引所取引となることで価格変化も確認しやすくなるといった利点もある。また、OIS取引は市場規模は急速に拡大しているものの、中心となる参加者が限定的となっている点など指摘されており、先物となれば参加者の裾野も広がるとみられる。
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by nihonkokusai | 2007-08-21 09:53 | 短期金融市場 | Comments(0)
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