牛さん熊さんブログ

bullbear.exblog.jp ブログトップ

「日本における中央銀行の創立」

1881年大蔵卿に就任した松方正義は、政府紙幣や国立銀行紙幣などの不換紙幣を消却し、正貨準備を増やすなどの政策を行ってきました。そして、不換紙幣の整理をするため正貨兌換の銀行券を発行するための「中央銀行の創立」を提議しました。これにより通貨価値の安定を図るとともに、中央銀行を中核とした銀行制度を整備し、近代的な信用制度を確立することが不可欠であるとしたのです。

1882年6月に日本銀行条例が制定され、日本の中央銀行として、日本銀行が設立されることになります。同年10月10日には日本銀行の業務が開始されました。松方正義は「政府発行紙幣」の整理を中心とする金融政策の実現に取り組み、この日本銀行の設立を経て「政府発行紙幣の全廃」と兌換紙幣である日本銀行券の発行を行いました。国立銀行が発行した紙幣も1883年(明治16年)の国立銀行条例の改正により兌換銀行券である日本銀行券に置きかえられることとなりました。1899年には「政府紙」幣とともに通用停止となり、日本における流通紙幣は日本銀行券に統一されたのです。

この政策によって「財政収支は大幅に改善」されました。ところが、これにより深刻なデフレーションを招いたために、世論の反感を買ったことでも知られています。いわゆる松方デフレと呼ばれているものです。世論の反感は買ったものの、国際社会に参加するためには、財政を引き締めても正貨としての金準備を十分に積むことや、不換紙幣を回収し市中に兌換紙幣を流通させ紙幣の「信用」を高めること、そのうえで中央銀行制度を機能させることといったことはたいへん重要なことでした。松方デフレにより、短期的には景気の低迷を招いたものの、その後の日本経済の発展にはプラスに働いたともいえます。ちなみに1885年に日本銀行が発行した最初の銀行券は、銀との交換が保証された兌換銀行券でした。この紙幣は大黒天をあしらったデザインから大黒札と呼ばれたそうです。

拙著「図解入門ビジネス 最新短期金融市場の基本とカラクリがよーくわかる本」より
[PR]
by nihonkokusai | 2009-02-04 09:48 | 日銀 | Comments(0)
line

「債券ディーリングルーム」ブログ版


by nihonkokusai
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー