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「日本の金融不安拡大の歴史」


 1995年7月末にコスモ信用組合が経営破綻した。これ以降いわゆる「ジャパン・プレミアム」が拡大した。海外で融資を行っている日本の大手銀行が現地でドルを調達する際に、欧米の主要行より金利を上乗せされる現象が広まったのである。この上乗せ幅のことを、ジャパン・プレミアムと呼んだ。9月26日に大和銀行がニューヨーク支店で米国債投資に失敗して、約1100億円の損失を出したと発表し、ジャパン・プレミアムがさらに拡大した。当時の大和銀行の経営陣や大蔵省が事件を知りながら、米当局に通報するのが遅れ、適切に対応しなかったとして「日本の金融システムは信用できない」との見方から邦銀への信用が低下したのである。

 1997年4月に減税の財源として消費税の引き上げが実施された。財政構造改革と、この消費税の導入がその後の景気後退の要因とも指摘されていたが、実際にはバブルの後遺症ともいえる不良債権処理の遅れがその大きな要因であった。

 7月4日に東海興業、7月30日に多田建設、8月19日大都工業、9月18日ヤオハンが会社更正法の適用申請を行った。

 そして11月に入り、金融システム不安が一気に表面化した。3日に三洋証券が会社更正法適用を申請、17日には北海道拓殖銀行が経営破綻し北洋銀行への営業譲渡を発表した。24日には証券大手の山一證券が自主廃業を届け出、26日には徳陽シティ銀行が分割譲渡と4つの金融機関が相次いで破綻したのである。

 三洋証券の破綻の際に、コール市場での小規模なデフォルトが発生した。金融機関同士で取引しているコール市場という信用の上で成立している金融市場の中で、戦後初のデフォルトが起きた。これが他の金融機関破綻の引き金となり、信用リスクと流動性リスクの増大により金融システム不安が一気に高まったのである。

 12月に入り政府は金融システム安定化策として30兆円の財政資金を用意した。17兆円は預金者保護、残りの13兆円は銀行の自己資本強化に用いられることになった。財源として新型国債といわれた交付国債10兆円と政府保証枠20兆円の計30兆円で賄われることも決まった。
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by nihonkokusai | 2008-09-24 14:13 | 景気物価動向 | Comments(0)
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