牛さん熊さんブログ

bullbear.exblog.jp ブログトップ

「戦後初の国債発行時の蔵相は福田赳夫氏」


 昭和30年ごろから日本経済は高度経済成長の波に乗り、好景気が昭和39年まで続いた。昭和30年から昭和32年にかけて「神武景気」と呼ばれた大型景気を迎えた。「なべ底景気」と言われる景気減速を経て、昭和34年ごろから再び景気が上向き、今度は「岩戸景気」と呼ばれた好景気が続く。そして、昭和38 年は、翌年の東京オリンピックを控えて公共投資が活発化し、東海道新幹線や首都高速道路、黒四ダムといった大型の公共工事が次々に行われた。

 東京オリンピックが始まった昭和39年10月ごろから景気は急速に冷え込みはじめ、後退局面に入る。すでに中小企業の倒産が増加しており、株価も下落、企業収益も減りつつあったのですが、それが顕在化した。昭和40年に入ると大手企業の破綻が相次ぐ。株価も急落し続け、これが「40年不況」と呼ばれた。

 金融緩和も効果がなく、結局、財政面からの公共事業が促進されることになり、戦後初めてとなる「国債発行」が準備された。

 昭和40年7月、佐藤栄作首相、福田赳夫蔵相のもと、政府は財政投融資の増額と、特例国債(赤字国債)発行を内容とする補正予算を決定した。同時に、昭和41年度の予算編成における「建設国債」の発行も決定したのである。

 それから40年以上の歳月が流れたが、結局、国債の発行は常態化してしまっている。今年度は、昨年度よりも減額されたといっても、25兆円もの新規国債が発行される。こういったタイミングで、当時の福田赳夫蔵相の子供である福田康夫氏が25日に第91代、58人目の首相に選出された。

 総裁選では福田氏、麻生氏ともに2011年度の基礎的財政収支黒字化目標に変わりはないと主張はしていたが、公明党の北側一雄幹事長が基礎的財政収支黒字化目標の先送りを提案し、すでに参院では民主党が過半数を取り、ややバラマキ型の財政に重心が移りつつあるようにも見受けられる。

 しかし、財政構造改革の路線を変更し、格差是正との名目のもと昔ながらの非効率な公共投資政策へ移行しようとすれば、昔とは違いマーケットが敏感に反応する。今回のサブプライム問題のグローバルな市場への影響を見ても、市場参加者の資金シフトは昔とは較べるもなく速く劇的である。日本国債への信認が維持できなくなった際にマーケットがどのような反応をするのか。その結末はあまり見たくない。福田氏には、お父さんが始めた国債発行を息子が止めるぐらいの意気込みでぜひ政策も行なってもらいたいものである。
[PR]
by nihonkokusai | 2007-09-25 14:00 | 国債 | Comments(0)
line

「債券ディーリングルーム」ブログ版


by nihonkokusai
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー