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「短期国債(TB・FB)の歴史」


 FBが最初に発行されたのが1886年7月で、当初は利付債であったものが1902年3月に割引形式となりました。当初は日銀がほぼ全額を引き受けていました。1956年にFBの定率公募発行残額日銀引受方式に移行したものの割引歩合が公定歩合を下回っていたことで日銀がほぼ全額を引き受ける状態に変化はありませんでした。

 しかし、1981年に日銀は新たな余剰資金の吸収手段としてFB売りオペを導入したことによって、次第に流動性が高まってきました。日銀による売却レートが実勢レートとなっていたことで買い付ける金融機関が増え残高も増加しました。

 1970年代後半から国債の大量発行が続きました。当時は1972年に国債発行の中心となるものの年限が7年から10年に延長されており、 1970年代後半の10年後には大量の国債償還・借換えに対応する必要が出てきました。このためすでに中長期で発行されていた借換債に加え、1986年から借換債として6か月物の短期の国債が発行されました。これがTBです。1989年には3か月物が導入され、ほぼ毎月発行となった。さらに1999年に1 年物が追加され、一時は月3回の発行となりました。

 1999年4月から、FBの名称は「政府短期証券」とし、それぞれの根拠法により大蔵省証券、食糧証券及び外国為替資金証券に分かれていたものが統合されることとなりました

 また、1999年4月から政府短期証券の発行方式が定率公募残額日銀引受方式から、原則として公募入札方式に改められました。公募入札方式への移行に伴いTB・FBの償還差益に関しては発行時の源泉徴収は免除され、外国法人についても原則非課税とされました。

 さらに2000年4月にはFBは完全公募入札に移行し、この際に期間2か月程度のFBが発行されることとなりました。また財政融資資金法が 2001年4月1日から施行されることに伴い、FB(政府短期証券)に財政融資資金証券が追加され、従来の財務省証券、食糧証券及び外国為替資金証券と統合して4つの証券が一体として発行することになりました。

 このFBの統合と完全公募入札方式への移行に伴い2000年4月以降はTBの3か月物は発行されなくなりました。ちなみに2007年度国債発行計画ではTB1年物は毎月1.4兆円が年12回発行され、TB6か月は一回当たり2.兆円が年3回発行される予定です。

 FBは原則して13週間物となっていますが、2000年4月以降2か月物の発行も行われています。またTBの減額といったものが今後想定されることで、発行期間の多様化を図るという観点も含めて、2006年度から6か月物のTBから振り替えるかたちで、期間6か月のFBが発行されています。

 FBを使った日銀のオペは1955年からFBの売却というかたちで始まっています。1981年にはFBを短資会社の窓口経由で市中に売却するという形式のFBオペが実施されました。

 1990年に日銀はTBの発行量の増加などにより、を対象として現先方式の買いオペを実施しました。しかしこれは保有層の偏在などによりあまり機能せず、 1999年4月に「短期国債の条件付売買基本要領」が実施されました。これにより、売買対象がFB及びTBとなり、FBの公募入札方式の移行にあわせ、次第に短国現先売買オペが日銀の金融調節の中核となりました。しかし、2001年に日銀は量的緩和政策の導入に伴い、短期金融市場が機能不全の状態になり、短国現先買オペでの札割れが起こるようになり、その結果、一時短国現先買オペの残高がゼロになりました。

 1999年10月には現先方式ではなく買い切り、売り切りとなる短期国債の買入・売却オペが導入されました。その後、短国現先買オペでの札割れが続いたことで、短国買入オペが増加しました。2002年11月に、従来の国債借入オペおよび短国買現先オペに代えて国債買現先オペが導入されました。
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by nihonkokusai | 2007-07-26 09:43 | 国債 | Comments(0)
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