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「債券レポ取引の歴史」


 債券現先が証券会社の資金調達を目的として発展してきたのに対して、やはり債券の貸し借りとなっている債券貸借取引は、債券を売買する際の「空売り」をするために生まれてきました。

 国債を中心とする債券市場において、先行き金利が上昇する懸念が生じた際に、それをヘッジする手段は限られたものとなっていました。投資家がこの価格下落リスクに対処するには手持ちの債券を売却する以外に方法がありませんでした。しかし、売却してしまうとキャピタルロスが生じるとともにインカムゲインも得られなくなります。

 さらに1984年から銀行によるフル・ディーリングが開始され、このため1985年に東証に債券先物が上場され、先物を使ったヘッジ手段が得られました。しかし、先物でヘッジしようとしても、手持ちの債券との変動比率が異なるなど使いづらい側面がありました。また、債券ディーリングが本格的に開始されたのち、一部の外資系金融機関が投資家から債券を借りて空売りをすることで大きな収益を挙げていたことなどから、国内金融機関も債券そのものの「空売り」する仕組みが求められたのです。債券の空売りは1987年5月から認められていたのですが、約定日に空売りし決済日前に買戻しを行うという限定的なものでした。しかし、債券現物の価格変動リスクを軽減するためには、決済日を跨いだ空売りを認めるとともに、決済日に売る債券を借りてくることのできる債券貸借市場の設立が必要となります。

 1989年5月に大蔵省から「債券の空売りおよび貸借の取扱いについて」が公表され、これにより決済日を跨いだ空売りが認められるとともに、債券貸借市場が設立されました。このように日本における債券の貸借取引は1989年に「貸債市場」として誕生したのです。

 これはあくまで債券取引のための補完的な取引であったのですが、形式としては債券現先に近いものであったことや、現先取引が課せられていた有価証券取引税が課せられないことから、現先市場からの資金シフトが起きたのです。このため、取引税の減収を回避するため、さらに他の金融商品との競合を防止するという、現在ではやや考えにくい理由によって、規制が加わったのです。

 この規制とは、有担コールレート-1%という現金担保の付利制限、そして貸借取引の担保として、対象証券の時価の105%以上を差し入れなければならないというものでした。

 さらに債券貸借における信用リスクといったものも顕在化しました。貸債市場の取引は、そのほとんどが無担保となっており、借り手に何かしら不慮の事態が生じたときに、貸し手は貸し出していた債券を失う可能性があったのです。1995年2月のベアリングズ社の破綻によってそのリスクが顕在化したのです。破綻の直接の原因は、ベアリングズ社のシンガポール現地法人が日経平均先物取引で巨額の損失を出したことでした。しかし、ベアリングズ社は貸債市場で日本の一部の金融機関から無担保で国債を調達し、その国債を先物取引のための証拠金として取引所に差し入れていたのです。ベアリングズ社の破綻により、貸出債券が貸し手に戻ってこない可能性が生じたのです。

 こうしたことを背景に、有担保の債券貸借市場が必要性との声が強まりました。さらに国債などの取引において約定から決済までの期間の短縮が図られ、ある期間に約定された取引の決済を特定の日にまとめて行うという特定日決済方式から約定日から常に一定期間経過後に行うローリング決済が導入されることになり、日々の決済に必要な証券・資金を円滑に調達するためとしてもレポ市場の導入が図られました。

 こうして現金担保の付利制限や担保金額制限を撤廃し、有担保(現金担保付)債券貸借市場が生まれたのです。日本証券業協会から「債券の空売り及び債券貸借の取り扱いについて」が変更されたことで、1996年から現行の形式の取引が開始されました。
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by nihonkokusai | 2007-07-24 09:32 | 債券市場 | Comments(0)
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