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「CMEとCBOTの合併」


 1989年の8月にシリーズ3という米国の先物外務員資格を取るためにニューヨークへ研修に行った際に、1週間ほどシカゴでの研修が組まれていた。私が債券先物取引をやりたくて債券ディーラーとなって3年目のことでもあった。先物取引のメッカといえばこのシカゴであった。ギャングの街というイメージも持っていたが、シカゴは五大湖のひとつミシガン湖畔に位置するとても美しい街というのが着いたときの第一印象であった。

 現在のかたちでのデリバティブ、つまり金融派生商品が登場したのが米国のシカゴにおいてである。米国では19世紀に中西部の開拓が進み、穀物の取引が盛んになった。ミシガン湖畔で海上交通上の主要地であったシカゴに穀物は集められ、この穀の季節的な価格変動リスクを避けるために、収穫前に値段を決め収穫時に現物を受け渡すといった取引が盛んになり、1848年に世界初の先物取引所といわれるシカゴ商品取引所(CBT)が設立されたのである。ここではまず穀物に対する先物取引が行われ始めた

 1972年にこのシカゴにあるもうひとつの大きな取引所のシカゴ商業取引所(CME)で、通貨先物取引が開始された。そして1975年にはシカゴ商品取引所(CBOT)で初めて金利先物が上場されたのである。こののち金融の世界にもデリバティブ取引が世界的に広がって行くことになる。

 1982年にシカゴ商業取引所で株価指数先物・株価指数先物オプション、さらにシカゴ商品取引所では債券先物オプションが導入され、現在行われているデリバティブ取引の多くがスタートしている。日本でも1985年に日本初の金融先物取引となる債券先物取引が東証に上場されている。

 そしていよいよこの2つの先物取引所が合併することとなったと18付日経新聞で伝えている。合併は株式交換と現金の組み合わせにより実施され、株式交換ではCBOT1株にCME株0.3006株を割り当てるという、CMEによるCBOTの事実上の買収となるそうで、買収規模は80億ドルだとか。合併後の新会社の名称は「CMEグループ」となり、規制・監督当局の認可を前提に2007年半ばまでに合併を完了する見通しと読売新聞も伝えている。CMEはすでに欧州の大手デリバティブ市場「ユーレックス」を傘下に持つドイツ取引所との統合を目指した話し合いも進めているとみられ、今後は欧米をまたぐ巨大な取引所が誕生する可能性もあるとか。

 日本での金融先物取引は欧米にやや遅れてスタートした。債券先物が東証、日経平均先物は大証、短期金利の先物は東京金融先物取引所と分散されている。日本でも金融市場におけるデリバティブ取引は定着し、金融取引としてもすでになくてはならないものともなっている。バラバラに分散されているこういった国内のデリバティブ取引をまとめあげるような仕組みも今後は必要となるのではなかろうか。たしかにシカゴは先物などデリバティブ取引のメッカである。しかし、その取引の源流は江戸時代の日本における堂島の米の先物取引に遡る。元祖としてのがんばりも見せてもらいたいところである。
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by nihonkokusai | 2006-10-18 10:17 | 債券市場 | Comments(0)
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