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「福井総裁は辞任すべきか」


 福井日銀総裁が村上ファンドへ投資したこと自体には問題はなかったと思う。むしろ金融関係者など中心に「物言う株主」を目指した村上氏の行動に共感を覚えたものも多かったのではなかろうか。ただし、巨額資金をある程度自由に動かして相場を張る者に対しては、あとで手痛いしっぺ返しが待っていることを、これまでの経験で何度となく見て来た。そのため村上氏の行動に対して、結果論ではなく当時からやや批判的にみていた一人である。しかし、その行動が旧態依然としていた壁を打ち破るひとつの方法となるであろうことも認識していた。

 こういった私の認識などはさておき、以前にも指摘したように今回、福井総裁の行為において問題視されるのは、村上ファンドに拠出して儲かったことではないはずである。投資というものは資金がゼロになることもある。私もベンチャー企業に参加してその株を購入する際に、これは資金がなくなってもいたしかたないものと思って購入していた。もちろんその際に株主として協力していた方々にも本当に感謝している。

 結果として別の会社との統合合併ということを経ながらも、上場してそれなりの利益を得たということも事実である。しかし、状況次第では株が紙くずになったとしてもおかしくはない。これが投資なのである。こういうことをもって「庶民感覚と異なる」と簡単に指摘してほしくはない。

 貯蓄から投資への資金の流れは、国や企業という大きなセーフティーネットが、巨額債務や不良債権処理、デフレ、景気の悪化等受けて崩壊してしまった以上は、戻すことはできない。このため庶民のお金も預貯金から投資への向かっていることもご承知のとおり。

 そういった中にあって投資によって7年あまりで資金が倍以上となったことを「庶民感覚」として納得できないとの論調には、それこそ納得できない。

 今回の問題となるところは、まず、何故、日銀のプリンスとも呼ばれ日銀法改正にも力を注いでいた福井氏が日銀総裁になる際に、ファンドを解約するなり保有株を信託するなりの行動を取らなかったのかというところであろう。福井総裁も、日銀の内規には違反していないが、より慎重に判断していれば、異なる結論が出ていたとも発言したと伝えられているように、この点は本来慎重に判断すべきものであったことは確かである。

 さらに持ち株は凍結したと発言しながらも、ファンドを途中で売却手続きを取ってしまったことも矛盾があり、指摘されてしかるべきものであろう。総裁就任時に解約しなかったのならば、事件性に発展する懸念が出ていても、それを保有し続けるべきではなかったか。

 しかし、これらのことで日銀総裁としての規律を問題視すべきなのであろうか。決して褒められることではなかったにしろ、ルールを逸脱したわけではない。日本ではこれまでも株をやっているというだけで白い目で見られた時期もあり、株式投資は金持ちの道楽、もしくはギャンブルといったイメージが色濃く残っている。マスコミもそういった点を強調しているものも多くみられる。世論調査もその結果であろう。これをもって福井氏に日銀総裁としての資質がない、辞めるべきというのも筋違いであろう。
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by nihonkokusai | 2006-06-22 14:10 | 日銀 | Comments(0)
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