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「2000年のゼロ金利解除時との比較」

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 2000年8月11日の日銀によるゼロ金利解除は、本来、前月の7月17日の金融政策決定会合で決定されるはずであった。しかし、7月12日にそごうが民事再生法を申請したことで17日の決定は見送られた。なぜ7月17日であったのかについては、ゼロ金利解除理由の材料として日銀短観を持ってくることができるためといった認識もあった。

 もし今年4月10日、11日の金融政策決定会合で量的緩和解除が決定されるとすれば、4月3日に発表予定の日銀短観なども意識される可能性もある。もちろん解除の条件としては消費者物価指数が大きな要素を占めるため、3月31日に発表される2月の全国消費者物価指数の方が強く意識されよう。解除の条件は、全国コアCPIの前年比が基調的にゼロ%以上で推移、先行きマイナスにならない、経済・物価情勢の3つであり、短観はこの3つめの条件に関係する。

 2000年8月11日の日銀金融政策決定会合において、当時の大蔵省および経済企画庁からの出席者から、「日本銀行法第19条第2項の規定に基づき、議長提出の金融市場調節方針の決定に関する件に係る政策委員会の議決を次回金融政策決定会合まで延期すること」との議案が提出された。議決延期請求権の行使である。

 先日、2月26日の読売新聞では、日銀が3月に開く金融政策決定会合で、仮に量的緩和策の解除が提案された場合でも、議決延期請求権を行使しない方針を固めたと伝えている。 2000年のゼロ金利解除時と今回の量的緩和解除にあたっては、政府とマスコミの対応が全くと言って良いほど異なっている。福井日銀総裁にとって、ゼロ金利解除時の政府との軋轢は繰り返したくはないとの意思も強かったものと思われる。

 そして、速水日銀当時と大きく異なっているのが、総裁を支える2人の副総裁である。現在の日銀副総裁は財務省事務次官であった武藤氏と内閣府出身でもある岩田氏である。特に武藤副総裁は首相官邸とのパイプ役としての役割も担っていたとも言われ、量的緩和解除の際、政府側出席者からの議決延期請求権の行使だけはなんとしても避けたい日銀にとっても、現在の副総裁の存在は大きかったのではないかとみられる。

 ゼロ金利解除の際と異なり、マスコミの対応も違ってきている。ゼロ金利解除の際はかなり日銀の対応に批判的な記事が多かったが、これは政府側の対応といったものも相当意識されていたかと思う。今回も竹中総務相などが早期解除については反対の姿勢を強めていたものの、それが大きな流れとならなかったのは、日銀の政府に対する働きかけとともに、政府側トップの理解にある程度助けられた面も大きいように思われる。
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by nihonkokusai | 2006-02-28 13:39 | 日銀 | Comments(0)
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