GPIFの運用と伊藤教授の相場勘
昨年末の時点で約128兆円もの資金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産構成のあり方については、6月の成長戦略の改定作業が本格化する中で議論されていくとされており、市場関係者見もこの行方には注目しているが、伊藤隆敏教授の持論については、いくつか疑問点がある。
伊藤氏は、GPIFの運用資産の約55%を国内債で保有していることが問題としている。ちなみに昨年末時点での公的年金の国債保有残高は約69兆円(資金循環統計)となっている。
伊藤氏の主張で疑問となるのは、日銀がインフレ目標を設定して、異次元緩和を行ったことで物価が2%に上がり、それにより長期金利が3%以上に上昇すると決めつけている点にある。
投資委員会には市場動向を読むことができる専門家を置けとしているが、債券の専門家と呼ばれる人達に2%の物価上昇の可否と、今後の長期金利の動向予想を聞いてみると良い。3%まで長期金利が上昇すると読む専門家は少数のはずである。むろん相場である以上、何が起きるかわからない。伊藤氏の相場感が正しい可能性も当然あるが、それはあくまで結果論にすぎない。
相場の先行きについて断定的な判断はしてはいけないことは市場に携わるものにとっての鉄則であり、まずそこがまったく意識されてない。これはつまり市場動向を読むことができる専門家らしき人物を置いても、相場の先行きを適格に判断できる人物などは存在し得ない。これは伊藤教授も同様である。
ただし、今後の長期金利の上昇リスクに備えることは確かに必要と思われる。それで何故、分散投資なのかがわからない。金利上昇リスクに備えたければ、物価連動国債の比率を高めるという手段もあるが、保有する債券のデュレーション(平均残存年数)を短期化すれば良いはずである。
伊藤氏はGPIFの保有国債のうち25兆円程度を売却しそれを日銀が買い入れれば市場には影響はないと主張するが、もし仮に伊藤氏の予想通りに長期金利が3%に向けて上昇し始めたときに、そのような行動が起こされると、日銀が買い入れる以前に、市場への売り圧力が意識され、さらに日銀による買入が財政ファイナンスと認識されて、国債の売り圧力がさらに強まる懸念が生じる。
日銀が買うから相場は抑えられると、もし考えているのであれば、市場について大きな誤解をされている。買い手が日銀しかいなくなった債券市場を考えて見ると良い。1998年末の運用部ショック、リーマンショックの際の物価連動国債や15年変動利付き国債がどうなったか、ギリシャの国債がどのように売られたのか、市場はパニック的な動きを起こすとそれを止めることはできず、そのような状況での日銀の買入は火に油を注ぎかねない。ただし、これもあくまでそのような動きもありうるというひとつの予想・仮説であるが。
労働人口が減ることで、積立金はある程度の運用成績、ハイリターンが必要だとするのであれば、当然ながらハイリスクを覚悟しなければならない。そして、そのような高い運用成績を残せるファンドマネージャーがどれだけいるというのか。しかも運用すべき資金は巨額である。専門家会議等を持つとしているが、そのような体制下では、いざというときのリスク回避など機敏にできるはずはない。図体が大きい分、動きが取りづらいだけでなく、運用指図にタイムラグが生じるとともに、指図する方が結果論で動く懸念があり、むしろリスクを増加させかねない。そのリスクを現場が必死になって食い止めようとする構図が見えてくる。
結論としてリスク資産に傾けるとかなりの確率で損失を被る懸念が高まる。それが自社の資金とかでの運用であるのであれば、ひとつの企業の運用の失敗で済むかも知れないが、GPIFの原資は我々の年金の積立金である。元本そのものを大きく損失しかねない今回の伊藤教授の主張については市場の片隅で生きてきたものとして、まったく納得がいかないものである。
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