FRBが創立100周年
米国は連邦制を採用し、さらに東部と西部、北部と南部といった地域的な対立などがあったことで、中央銀行の設立には大きな抵抗があった。しかし、19世紀から20世紀にかけて幾度も恐慌が発生し、銀行の倒産や企業の倒産などにより深刻な不況が生じた。このため「金融システムの安定化」が求められ、中央銀行の設立の機運が高まったのである。
1913年に12の地区連邦準備銀行と、これを監督する連邦準備委員会がワシントンに設立された。中央銀行の設立には引き続き反対意見も多かったことから、全米の12地区に地区連邦準備銀行を設立し、それぞれの地区で銀行券である連邦準備券が発行され、各行ごとに公定歩合が設定されることになった。
この大きな節目の年に、FRBも金融政策や人事面において、マイナーチェンジを迎える。12月17日、18日FOMCにおいて、テーパリングと呼ばれるFRBの量的緩和策の縮小開始が決定される可能性が出てきている。
さらに人事面では、来年1月末でバーナンキ議長の退任が決まっており、後任の議長にはイエレン副議長が就任する見込みとなっている。そのイエレン副議長の最有力候補にスタンレー・フィッシャー氏の名前が挙がっている。フィッシャー氏は、現代を代表するマクロ経済学者のひとりであり、バーナンキFRB議長やドラギECB総裁は同氏の教えを受けている。米国とイスラエルの両国籍を持ち、大統領はすでに副議長指名を提案し、フィッシャー氏は受け入れたとされている。
フィッシャー氏がもしFRBの副議長となれば、その影響力は無視できなくなるのではなかろうか。議長となるイエレン氏はハト派の代表格ともいえるが、金融政策運営については、みずからの主張よりもメンバーの意向をより強く反映させてくるとみられる。そのなかでもフィッシャー氏の存在感は強くなることが予想される。フィッシャー氏は大学教授だけでなく、世界銀行チーフエコノミスト、IMF筆頭副専務理事、民間銀行、さらに今年6月まではイスラエル銀行の総裁だったのである。
FRBはバーナンキ体制から、実質的にイエレン議長とフィッシャー副議長のツートップ体制に移行する可能性もあり、来年2月からの政策運営はたいへん興味深いものとなる。非常時から平時の対応に移行するにあたり、出口に向けてどのような政策手段を講じてくるのか。テーパリング開始のあとは、フォワード・ガイダンスを政策手段の柱にするとみられていたが、バーナンキ路線をそのまま引き継ぐとも考えづらい。100周年を迎えたFRBは来年2月から人心も一新し、より現実的な金融政策に移行してくる可能性がある。
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