レジーム・チェンジとは何か
『「レジームチェンジ」、つまり金融政策の枠組みを変えることによって、緩やかなインフレ予想を国民に持ってもらうことが重要だということです。デフレに順応するのではなくて、デフレと闘う積極的な金融政策、積極的な日銀を演出する。そのためには、それまで日銀がやっていたような小出しの金融緩和ではだめです。2%のインフレ率を達成するまでは「無制限」に国債、特に長期国債を買っていくとアピールすべきだと申し上げました。「レジームチェンジ」「無制限国債購入」でいきましょうと。』
安倍首相がレジーム・チェンジという用語を口にしたのは、本田氏の助言によるものなのかもしれない。日銀が無制限に国債、特に長期国債を買っていくと2%の物価目標が達成できるとの主張である。
レジーム転換(レジーム・チェンジ)という用語については、「需要がないから、いくら資金を供給しても無駄という受動的な金融政策のスタンスを、事前に決められたインフレ率に到達するまで積極的に資金を供給し続け、断固としてデフレに立ち向かう、という能動的な金融政策へ転換させることを意味している」との解説もあった(「平成大停滞と昭和恐慌」田中秀臣・安達誠司著)。
この本のなかで、レジーム転換の事例として、高橋財政における1931年11月の禁輸出禁止と1932年12月の日銀の国債引受開始をあげている。
ここでいくつか疑問が生じる。そのひとつが、日銀が無制限に国債を買い入れれば、どのようにして物価に働きかけるのか、という経路問題である。これについては黒田日銀総裁の説明による3つの経路が詰まっているのではないかと、先日このコラムでも指摘した。
安倍自民党総裁は昨年11月に輪転機ぐるぐるという発言もしていたが、日銀が国債を直接引き受けて財政ファイナンスを行うようなことがない限り、日銀が市場からいくら国債を買い入れても日銀の当座預金残高やベースマネーが膨らむだけとなる。ただし、政府が財政拡大を行い、その資金を日銀による国債の直接引き受けで行えば、現在はそれが財政法で禁じられているぐらいであり、インフレを引き起こしてデフレ脱出に効果はあるかもしれない。しかし、今回の異次元緩和は財政ファイナンスを意図したわけではないと、政府も日銀も説明している。
1932年12月に開始された日銀の国債引受は、金輸出解禁により財政拡大が容易になるとともに、主に満州事変による軍事費拡大に対応したものである。シ団による引受が国債価格の下落等で困難になっていたこともあり、国債発行にはいったん日銀が引き受けるという手段を講ずるほかなかった。これは財政ファイナンスという格好となったが、日銀が保有した国債は銀行等に売りオペでその多くを売却したことで、高橋財政時においては、少なくともインフレそのものは抑えられていた。
もし高橋財政時の1932年12月の日銀の国債引受開始を大きなレジーム・チェンジとするのであれば、アベノミクスの金融政策のレジーム・チェンジも目指すところは、財政ファイナンスではないかとの疑問も出てくる。
ただし、高橋財政時のデフレ脱却は、日銀の国債引受が始まった頃にはいったん完了していた。高橋蔵相は日銀引受による国債発行について、以前に明らかにしていたが、その期待がデフレ脱却に大きな働きをしていたとは思えない。最初のレジーム・チェンジとされる1931年11月の禁輸出禁止により、円安政策や金利の低下策等が講じられ、期待というよりも直接に実体経済に働きかけられていた面があり、日銀が国債を大量に購入すればデフレから脱却できる、という効果については甚だ疑問が残る。
高橋財政時の株価の様子をみると、1931年11月の禁輸出禁止により円安・株高が進むが、いったん調整局面を迎えている。このあたり現在の株安と似たところがある。高橋財政時でそれがまた急回復するのが、1932年12月の日銀の国債引受開始時あたりとなっていたのは確かである。もしアベノミクスでも第二のレジーム・チェンジが必要となるとするならば、それはいったい何になるのであろうか。
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