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将来の危機が市場価格からは予測できない理由

 日銀のサイトに12月3日のパリ・ユーロプラス・国際金融フォーラムにおける白川日銀総裁の講演の邦訳がアップされた。「市場価格の背景を探る」と興味深いタイトルである。

 国際金融危機が発生する以前、さまざまな市場の中で金融市場は、一般的には経済における理想的な市場にもっとも近い市場とみられていました、と総裁は指摘する。私も1986年からの債券ディーラー時代、確かにそのような感覚があったことは事実であった。

 「こうした基盤の上に、金融機関は複雑なリスク管理システムを構築していました。金融市場において形成される価格は、金融資産の公正価値を反映するものとみなされていました。」「銀行、証券会社、保険会社、ヘッジ・ファンドといった市場参加者には、リスクを管理するきわめて強いインセンティブがあると考えられていました。」

 このあたりについては、個人的には「?」として捉えていた。のちの金融ショックを予言していたというわけでなく、ある意味、過去の動きにとらわれたリスク管理が市場に通用するのかと毎日価格の動きに神経をとがらせていたディーラーとして意識していた。

「こうしたかたちで個々の市場参加者が慎重に行動するのであれば、金融システム全体の安定性を疑う理由はないと考えられていました。」

 これはいまでもそのような認識があるように思われる。しかし、市場は決して盤石ではない。過去大丈夫だから、これからも大丈夫という保証はない。

 「大いなる安定の担い手の視点からみれば、国際金融危機は起きるはずのないものでした。中央銀行が物価の安定を維持し、公的当局が市場機能の発揮を妨げるような障害を取り除く努力を続ける、そして、金融市場の参加者がそれぞれのリスク管理の枠組みを洗練していけば、そもそも信用バブルが世界規模であれほど拡大し、さらにはそれが破裂し、深刻な事態をもたらすということは考えられないことでした。」

 ある程度の期間、安定が続くとそれが永久に続くとの錯覚に陥ることがある。日本における原発事故にせよ、今回のトンネルの天井崩落事故についても、同様の錯覚がひとつの原因ではなかったろうか。

 白川総裁は、世界的な金融危機の背景に、市場価格について、共通する見方があったのではと指摘している。ひとつは、金融市場が時として行き過ぎるということ、もうひとつは、価格から取り出せる情報には限界があるということである。

 「仮に市場参加者が継続的に判断を誤り、安く売って高く買う行動をとり続けると、累積する損失によってそうした市場参加者は市場から退出させられます。その結果、市場は情報を十分に有し、正しい判断を下すことができる市場参加者で構成されることになり、そうした市場であれば継続的に価格が本質的な価値から乖離することは発生しにくくなります。」

 こういう理論が本当にあるのであろうか。これについては私は懐疑的である。私の経験から言えば、常に新たな「安く売って高く買う行動をとり続ける参加者」は供給され続けているように思われる。いやむしろ反対に、高く売って安く買う行動をとる参加者のほうが一部に存在し続けるだけであるような印象であるのだが。

 「それではなぜバブルは発生するのでしょうか。言い換えれば、どのようにして価格は長期にわたり本質的な価値から乖離し続けることができるのでしょうか。この問いに対する答え方のひとつとしては、行き過ぎた楽観論の拡がりを指摘することができます。市場参加者が強気になりすぎると、市場価格が歪められ、行き過ぎが生じるという考え方です。こうした問題は、金融商品の本質的な価値が観察できないことから、完全に合理的に行動する市場参加者の間でも発生し得るものです。」

 果たして市場参加者は合理的に動いているのかも疑問である。常に人より先んじて利益を得ようとするあまり、市場価格のゆがみが存在していたほうが、その機会が多くなるので、ある意味歓迎していた面もある。動かない市場のほうが市場参加者はむしろ敬遠するのではなかろうか(安定したほうが良いという参加者も当然多いことも確かではあろうが)。

 「市場価格は、本質的な価値のもっとも良い推計値であるという意味で公正価値ということができます。しかし、それは、市場価格が本質的な価値と等しいことを保証するものではありません。」

 これはまったくその通りであり、実は市場参加者も市場価格が適正であるのかという絶対的な自信があるわけではない。むしろその価格形成に疑いの目で見ることができなければ、あらたな相場の動きで利益を出すことはできない。つまり「市場参加者が金融商品の本質的な価値を見出すべく競争することが前提となっています。」ということになる。

 「公正価値と本質的な価値との混同は、将来の危機が市場価格から抽出された情報によって予防できるという誤った考え方にもつながりました。広く流布していた金融理論や、そうした金融理論に基づいて形成された金融工学が、そうした見方の明白な誤りを覆い隠すかたちとなりました。」

 過去の動きが将来を予測できないことは少しでも市場に参加するなり、市場の値動きを観測するなりすれば明白である。市場参加者のマインドで形成される公正価値は、もし本質的な価値というものが存在するとして、それとは乖離しているであろうことも当事者は認識しているはずである。

 「過去の価格変動のパターンを観察すれば、そうした変動の確率分布や、さまざまな価格の間の相関関係が推計できると広く考えられたのです。都合のよいことに、価格の変動パターンは、正規分布を前提にすればボラティリティと平均という2つの変数で表すことができます。確率分布と相関関係が分かれば、そうしたデータをコンピュータに入力し、バリュー・アット・リスクのようなリスク指標を計測することができます。さらに、確率分布の推計は、相当程度分散の効いたポートフォリオを構築することができれば、収益が確率分布から示される期待値に沿ったものとなるという安心感ももたらしました。その結果、市場参加者はリスクテイクを安易に捉え過ぎるようになりました。」

 私が債券ディーラー時代に漠然とこの理論はおかしいと考えていながらも、むしろこういった考え方が主流となり、いやこのような理論背景から次々とあらたな金融商品が生み出され、それが外資系金融機関などを主体に収益の柱となっていったことを横目でみていた。何かおかしい。しかし、それを言えば時代に乗り遅れた者との認識を持たれる、そんな思いをしていた当時を思い起こさせる。

 「市場参加者は、モデルに従い、リスク指標に気を付けており、その限りにおいて、取っているリスクの量は小さく、かつ慎重にリスクを管理していると都合よく思い込んだのです。」

 日本の債券市場関係者の間では2003年のVARショックを経験しており、このリスク管理の不備については身をもって実感していたが、これがグローバルに認識されるのは2008年の金融危機以降となったのである。

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by nihonkokusai | 2012-12-06 09:32 | 日銀 | Comments(0)
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