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イングランド銀行はいつどうして、インフレ・ターゲッティングを導入したのか

 2012年は米国と日本の中央銀行が揃って、実質的なインフレ目標値を採用したとして歴史に刻まれるのかもしれない。そこに至る経緯については、リーマン・ショックや欧州の信用不安により、中央銀行への期待がかつてないほど高まり、そのひとつの結果としてFRBも日銀も中長期的な物価目標を設定することになったと言えるのではなかろうか。

 インフレ目標とインフレ・ターゲッティングでは、言葉の上では目標達成への強制力の違いを感じるものの、実際には同じような意味の用語である。これは元々、ニュージーランドが導入したものを参考に、そののちイギリスでも導入したものである。

ここには現イングランド銀行総裁のマービン・キング氏も大きく関わっている。そして、その背景にはブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)とも呼ばれたポンド危機があったのである。

 今回も2005年5/3・10週刊エコノミスト「ロンドンで見たイングランド銀行 華麗なる改革史」を元に、そのあたり探ってみたい。

 ブラック・ウェンズデーとは、英国ポンドがジョージ・ソロスらの投機筋により売り叩かれ、この結果、イギリスは1992年9月16日にEMRから離脱させられることになったまさに不名誉な日である。ジョージ・ソロスはこれにより「イングランド銀行を破産させた男」とも呼ばれた。

 しかし、この日をきっかけに英国は長期にわたる経済成長や低失業率とともに、歴史的にも低いインフレ率を享受するようになる。さらにこれをきっかけとして、イギリスはインフレ・ターゲッティングを導入することになる。

 ERM離脱により英国ポンドは変動相場制に移行し、ドイツマルクという大きなアンカーを失うことになる。さらに金融政策面ではインフレファイターとも呼ばれたブンデスバンクに追随することで間接的に得ていた物価安定の道標を失うこととなった。これはブンデスバンクからの楔から解き放たれたという見方もできるかもしれない。このため新しいよりどころを探る動きが英国財務省とイングランド銀行に出てきたのである。

 当時、イングランド銀行のチーフエコノミストとなっていたのが、マービン・キング氏であり、キング氏はもともとインフレ・ターゲッティングに意欲的で、ニュージーランドの事例を研究していた。

 ブラック・ウェンズデーから一週間もたたないうちに、導入の基本路線が固まり、時間を置かずに新政策が生まれた。1992年10月29日に当時のラモント財務相がインフレ・ターゲッティング導入に伴う新政策の内容を発表したのである。この際のインフレ目標は年率1~4%とした。

 1997年5月に英国ではブレア政権が誕生し、ブラウン財務相は就任わずか4日目に金融政策の大転換を行い、財務省から中央銀行であるイングランド銀行に金融政策の決定権を移し、独立性を高めるという大胆な改革に踏み切ったが、あらためてこの際にインフレ・ターゲッティングの土台も築かれた。インフレーション目標は政府が設定し、イングランド銀行はこれを達成するために必要な政策手段を決定するという役割となったのである。


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by nihonkokusai | 2012-06-24 12:18 | 中央銀行 | Comments(0)
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