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1997年のイングランド銀行改革の背景

 これまで本やコラムを書くために中央銀行の歴史を調べてきたが、ひとつ気になっていたことがあった。それは1997年のイングランド銀行の改革に関してである。これについては以下のように私は本の原稿でまとめていた。

 「1997年5月にブレア政権が誕生し、ブラウン財務相は就任わずか4日目に金融政策の大転換を行い、財務省から中央銀行であるイングランド銀行に金融政策の決定権を移し、独立性を高めるという大胆な改革に踏み切ったのです。この改革とは、イングランド銀行総裁、副総裁、理事、外部らの委員で構成される金融政策委員会へ政策運営権限を委譲すること、外国為替市場介入権限を部分的にイングランド銀行へ委譲すること、準備預金制度の法制化、銀行監督権限をイングランド銀行から分離し新設された金融監督庁へ移管すること、そして国債管理業務の財務省への移管などでした。」(「金融」のことがスラスラわかる本、秀和システム)

 しかし、実際になぜ、このときにイングランド銀行の改革が進められ、それは誰がどのようなことを背景に企画していたのか。もう少し具体的なことが知りたかった。これについて、毎日新聞の福本容子論説委員が、以前、週刊エコノミストに投稿された記事に詳しくまとめられていたことをご本人から教えていただいた。今回はその記事を元に、当時何が起きたのかを振り返ってみたい。

 1997年5月6日、18年ぶりに労働党が勝利した総選挙から6日目に開かれたゴードン・ブラウン新財務相(のちに首相)の初会見では、記者が皆、利上げの発表と予想していたようであるが(当時の金融政策の決定権は財務相)、実際に利上げも発表されたが、それと同時に発表されたのが、上記にもあるように金融政策決定権を財務相からイングランド銀行に移譲するというものであった。これは記者達も度肝を抜かれたそうである。

 この世紀の大改革のシナリオはすでに5年前に書かれていたそうで、その著者は当時25歳の若さでブラウン氏から顧問に起用された「フィナンシャル・タイムズ」の記者、エド・ボールズであった。「万年野党に甘んじていた労働党が政権党として信頼を得るには、経済界、特に金融市場の信用が不可欠だとボールズ氏は考えていた・・・金融政策を政治から切り離し、イングランド銀行に任せることで、労働党は独自の経済政策に専念できると訴えていた。訴えは、そのままブラウン氏の政策方針となった。」(2005年5/3・10週刊エコノミスト「ロンドンで見たイングランド銀行 華麗なる改革史」より)

 これが1997年のイングランド銀行における改革が行われたそもそもの背景であった。しかし、この改革のシナリオを若干25歳の若者が作り上げたのは驚きであった(エド・ボールズ氏はのち議員となり、影の財務相となっている)。

 金融市場の信任を得るために中央銀行の独立性をはかるということは、長らく市場を見てきたものとしても正しい認識であると考える。これに対し日本では、長らく野党に甘んじていた民主党が政権を担ったあと、その民主党内から日銀の独立性を縛りかねない日銀法改正のような動きが出るというのは何事であろうか。ましてや自民党からも同様の動きが出ている。この動きは市場からの信任をも失いかねないことを、果たして日本の国会議員達は理解しているのであろうか。


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by nihonkokusai | 2012-06-20 09:49 | 中央銀行 | Comments(0)
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