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日本の金融システム不安の歴史と欧州の信用不安の歴史の類似点

 2010年1月のギリシャ・ショックからの欧州の信用不安が、今後解消に向かうのかどうか。それを1990年代後半からの日本の金融システム不安が解消されていった流れから比較してみたい。

 1990年代初めにバブル崩壊の影響を受けて、バランスシート不況が不良債権問題を生み出すことになり、住専問題から1997年には三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券と金融機関が相次いで破綻した。1998年には日本長期信用銀行が国有化され、金融再生法と金融早期健全化法が成立した。1999年3月30日に大手15行に対する公的資金が注入され、金融機関のリスク許容度が改善した。そして、2003年5月の、りそな銀行への資本注入により、政府は大手銀行は潰さないといった意識が強まった。その結果、株式市場では銀行株などが買われ、海外投資家の買いなどにより、日経平均株価は2003年4月の7607円がバブル崩壊後の安値となり、その後上昇基調を強めたのである。

 株式市場の動きを見る限り、流れが変化したのは、2003年4月となるが、それまでに政府や日銀などがどのような対応をして、市場がどのような反応をしていたのかを、振り返ってみることにする。

 1998年9月9日の日銀の金融政策決定会合において、無担保コールレートの誘導目標値を0.25%とする3年ぶりの金融緩和策が実施された。11月17日にはムーディーズは日本国債の格下げを発表した。これで日本国債は最上位格付けを失った。そして、11月から12月にかけて日本国債は運用部ショックと呼ばれた急落が起きた。

 1999年2月12日の金融政策決定会合において、日銀はゼロ金利政策を決定した。この背景にはデフレというよりも、運用部ショックによる日本国債の急落があった。2000年8月11日の決定会合で日銀はいったんゼロ金利政策を解除した。

 しかし、日銀は2001年3月19日の金融政策決定会合において、金融政策の目標を、無担保コールレートという金利から日銀当座預金残高の量に変更するという、量的緩和政策を実施した。

 2001年4月に小泉政権が発足したが、小泉政権に対する期待感は強く、高い支持率を維持するなど政治への認識も変化してきた。

 2001年9月11日に米国で同時多発テロが発生。FRBは17日のニューヨーク株式市場の開始前に緊急利下げを実施し、FRBに促されるように欧州中央銀行やカナダも利下げを決定した。日銀も9月18日の決定会合において、追加緩和を決定。

 2002年9月18日、日銀は金融政策は現状維持のままとしながらも、金融システムの安定化のために金融機関の保有株式を日銀が直接購入すると発表した。この影響を受けたのが何故か国債市場で、9月20日の10年国債入札において、10年国債としては初めての「札割れ」が発生したのである。

 2003年1月、無担保コールオーバーナイト取引において「マイナス金利」が発生した。すでにユーロ円市場ではマイナス金利は発生していたものの、国内では初めてのこととなった。

 2003年3月、速水日銀総裁の任期満了にともない福井俊彦氏が日銀「新」総裁に就任し、就任間もない3月25日に臨時の金融政策決定会合が開催され、4月1日以後郵政公社の発足に伴い当座預金残高目標を17~22兆円程度に引き上げることが決定された。

 以上が1998年あたりから2003年にかけての日本の金融システム不安に絡んだ動きであったが、これを見ると今回の欧州の信用危機にも似たような動きがあったように思われるのである。

 まず中央銀行の動きをみると、2009年5月にECBは主要政策金利を0.25%引き下げて過去最低の1.0%とした。さらに金融機関への資金の貸付期間を半年から1年に延長することも決定した。

 2010年5月にECBは国債市場の安定化を目的として国債の流通市場からの買入れを決定。2011年8月からはイタリア、スペイン国債買入れを開始している。

 ECBは2011年4月と7月にインフレ防止のため、政策金利を0.25%ずつ引き上げ、年1.5%とした。

 2011年11月にはトリシェ総裁の任期満了に伴いドラギ氏がECB総裁に就任したが、11月から12月にかけて連続利下げを実施し、政策金利は1.0%に戻している。さらに非標準的手法として、流動性を供給するため期間36か月の長期リファイナンス・オペ(LTRO)を新設した。このあたり日銀の福井総裁就任時の動きに似てなくもない。ただし、福井新総裁は就任中、国債の買い入れを増やすことはなかったが。

 そして、ドイツ政府が11月23日に実施した10年物国債の入札で札割れが発生し、ドイツ国債が下落するなど市場が動揺した。ドイツ国債の札割れそのものは珍しいものではないにしろ、今回足りなかった割合が39%とかなり高くなっていることが市場では嫌気された。ただし、これによる影響は一時的であったが、これも2002年9月の日本国債の札割れを思い起こさせた。

 さらにドイツでは2012年1月の短期債入札で平均落札利回りがマイナスとなった。すでに2011年12月あたりから流通市場ではマイナスとなっていたようだが、日本でも2003年1月にマイナス金利が発生していたのである。

 そして、2011年11月にはギリシャ、イタリアともに首相が代わり新体制となっている。日本の金融システム不安が払拭するタイミングでは、中国の景気拡大などのフォローもあったが、小泉政権に対する期待感なども影響していたとみられる。

 以上にように、日本の金融システム不安の歴史と欧州の信用不安の歴史を振り返ると、いくつか共通点のようなものも浮かび上がる。歴史は繰り返さないものの、似たようなことは起こりうる。欧州の信用不安が解消に向かうのかどうか占うには、この日本の歴史も参考になるのではなかろうか。


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by nihonkokusai | 2012-01-21 14:51 | 国債 | Comments(0)
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