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牛熊ゼミナール金融の歴史第27回 開国と金の流出

 南鐐二朱銀発行により銀貨は秤量貨幣から金貨単位の計数貨幣となり、文政・天保期においては財政補填を目的として計数銀貨を中心に改鋳が実施されました。さらに、三貨制のもと銀貨は本来補助貨幣であったものの、金貨と並ぶ基本貨幣として機能しました。計数銀貨の価値としては天保一分銀4枚が小判1枚に等しいと定められ、計数貨幣における銀貨と金貨との交換については素材価値とは独立した比率が適用されたのです。計数銀貨の普及とともに、日本における計数銀貨ベースの金銀比価は当時の国際相場(1対15)を大きく上回る1対5~6程度にまで上昇していたのです。つまり、日本では国内要因により、金貨に対する銀貨の信用度が海外に比べておよそ3倍程度高めに設定されていたのです。

 1853年にペリーが浦賀に来航し、1854年に日米和親条約を締結し、さらに1858年の日米修好通商条約により、貨幣の交換比率は銀貨を基準に定められたことで問題が発生しました。当時のアジア貿易で貨幣に使われていた多くがメキシコドル(銀貨)でした。一方、日本国内では一分銀が使われていました。米国総領事のハリスは市中に流通している天保一分銀は2.3匁(8.62グラム)であり、1メキシコドル銀貨は26.73グラムであり、100ドルは一分銀310枚に相当するため、1ドル銀貨の約1/3の量目(質量)である一分銀3枚を持って1ドルに換えるべきであると主張したのです。

 名目貨幣としての銀貨は国際的には通用しないとの理由で、同種同量交換の1対3分の交換比率を承諾させられてしまったのです。日本国内における計数貨幣としての銀貨は、国際相場に比べて金貨に対して3倍程度割高であったことから、これを受けて日本の金が大量に流出されることになったのです。

 たとえば4メキシコドルを銀に換えると一分銀12枚になります。これを、日本国内で金貨に換えると、一分銀4枚で金1両と交換できるため銀12枚だと金3両となります。この金3枚を海外でメキシコドルに戻すと、国際的な交換比率により金1両がメキシコドル4枚となるため、金3枚で12ドルになります。したがって、日本を通すだけで4メキシコドルが3倍の12ドルになる仕組みとなってしまったのです(NHK高校講座「日本史」より)。

 幕府は金貨の大量流出を懸念し、開港直前の1859年5月に額面価値を半分に落とした安政二朱銀を新鋳し、海外並みの金銀比価を実現しようとしました。しかし、諸外国からの強い反発に押し切られ、この対応政策は中止に追い込まれてしまったのです。日本における計数銀貨の金貨価値が国際相場の約3倍に過大評価されていたため、このようにリスクなしに多額の利益を得ることができたことで、アメリカ、イギリスなどの商人により日本から1年余りで約50万両もの金が流出してしまったのです。

 これを受けて徳川幕府では、1860年4月に金貨1両当たりの金の含有量を約3分の1に引き下げるという金貨改鋳を行い、これによって国内の金銀比価はほぼ海外並みとなり、金貨の海外流出に歯止めがかかったのです。しかし、これにより貨幣価値が下がり、物価が上昇し極度のインフレ状態が引き起こされ、政情を不安定化させる要因ともなったのです。


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by nihonkokusai | 2011-11-04 16:36 | 金融の歴史 | Comments(0)
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