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牛熊ゼミナール金融の歴史第23回 銀行の前身は両替商

 江戸時代の三貨制度により金・銀・銭という3種類の貨幣が支払手段として利用され、両替商はこの金銀銭貨の交換ニーズを背景として登場しました。両替とは「両」つまり主に東日本で使われた計数貨幣である「金」を、西日本で使われていた秤量貨幣である「銀」、もしくは小額の計数貨幣である「銭」と替えるという言葉からきています。さらに大坂の銀と江戸の金の交換で「相場」が生じ、時期などにより相場が変化する変動相場となっていたことで、手数料を取って両替をするという仕事が生まれたのです。

 両替のためには基準になる相場を決めなければならず、両替屋の大手が集まりその日の経済動向を読みながら相場を立てていました。この相場は大きな資金を動かす政府である幕府にも報告されるのです。天下の台所と呼ばれた大坂では、全国各地の諸産物が集まり売買されていました。取引の多くは通帳などに基づき信用で売買された後に、商品ごとに定められた期日に代金が支払われました。この決済手段に使われたのが、銀目手形と呼ばれた手形です。このように大坂の商人は、可能な限り現金銀の取り交わしを避け、現金銀を両替商に預け入れ、手形によって決済するといった慣習が出来上がりました。

 両替商はこの銀目手形(決済手段として利用された手形)の引き受け・決済や資金融通を通じ、大坂で発展したのです。さらに両替商は業務を広げ、商人や大名、そして幕府などを取引相手に、預金の受け入れ、手形の発行や決済、加えて、貸し付けや為替取引など各種の金融業務を広く営むようになりました。このように両替商は現在の銀行業務に近い金融機関としての役割を担っていたのです。特に手形の決済制度などは、同時期の欧州など諸外国の金融システムに比べても、かなり発達したものとなっていました。この信用制度の確立により、さらに大坂での商業活動が活発化しました。


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by nihonkokusai | 2011-10-31 18:28 | 金融の歴史 | Comments(0)
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