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牛熊ゼミナール金融の歴史第9回 証券取引所の設立

 金融・貿易の一大拠点として繁栄したブリュージュに変わり、アントワープがヨーロッパの商業拠点となり、喜望峰周りのインド航路の発見によりその繁栄は支えられました。このアントワープ(アントウェルペン)に1531年、現在のようなかたちの証券取引所が歴史上初めて設立されたのです。

 ブリュージュにおける手形の取引所をモデルにしてつくられたアントウェルペン取引所では手形や商品などの取引が行なわれていました。ここでは現金による決済以外にすでに商品のオプション取引に対する契約も扱っていました。このオプションは現在のデリバティブ取引と同様に、ヘッジとともに投機としても使われました。さらに債券を取引する第二市場も現れたのです。

 アントウェルペン取引所の銘板には「国籍と言語の如何を問わず、すべての商人に役立てるために」とあるそうで、交易の自由が保証され、イギリスやポルトガルなどヨーロッパ各国が商館や駐在員を配置し、資金調達などを行っていました。またアントウェルペンでは「アントウェルペン慣習法集成」という商法も制定され、この商法がオランダの東インド会社の設立に大きな影響を与えたとも言われています。そこでは船舶の売買に加え海上保険といった取引も盛んに行われ、ヨーロッパ最大の商業・金融の中心地となっていたのです。

 アントウェルペン取引所の取引で一躍有名になった人物がいます。それが「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉でも有名なトーマス・グレシャムです。グレシャムはイギリス王室から海外負債管理の任務を託され、アントウェルペンに派遣されました。アントウェルペン取引所において商才というか相場師の才能を発揮し、スペイン金の投機で成功し、イギリスの海外負債の大部分を清算した結果、1559年にはエリザベス1世からナイトの称号を与えられました。アントウェルペン取引所の運営に目をつけたグレシャム卿は、ロンドンに戻ってから同様の取引所を設立し、それが王立取引所と改称され、イギリスにおける取引所の始まりになるのです。

 参考までに、証券取引所とは主に株式や債券など証券の売買取引を行うための場所であり、資本主義経済における中心的な役割を果たしています。国や企業などの資金調達と投資家による資本運用の双方が効率的に行われるようにするため、株式や債券の売買を取引所に集中させて行います。証券取引所は、投資家や証券会社自身の株式などの売買注文を市場に集中させることにより、大量の取引を可能にさせ、市場の流動性を高めるとともに、公正な価格形成を図るということが可能となっているのです。投資家は証券取引所で自らが直接取引を行うことはできません。会員である証券会社を通じて取引を行わなければならないのです。証券取引所における取引においては、大量の売買注文を公正かつ円滑に執行するために、取引時間、値段を指定する方法、取引単位、決済方法などについての細かな規定が定められています。また、売買は基本的に競争売買によって行われています。



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by nihonkokusai | 2011-10-11 14:55 | 金融の歴史 | Comments(0)
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