牛さん熊さんブログ

bullbear.exblog.jp ブログトップ

「国債先物取引市場開設20周年」

 1985年10月19日、東京証券取引所において日本ではじめての金融先物市場が誕生した。国債先物取引が開始されたのである。今日はそれからちょうど 20年目を迎えた。昨日はこれを記念して、東証で記念パーティーが開催された。幸田真音さんをゲストに向かえ、多くの関係者が出席し賑やかなパーティーとなった。

 1985年はこの先物市場の開設も含めて、債券市場にとっても大きな変革の年となっている。今回はこの1985年を少し振り返ってみたい。

 6月には金融機関のフルディーリングが開始されている。債券のディーリング業務とは既発債を売買する業務であり、それまでは証券会社にしか認められていなかったが、国債を大量に保有している都銀などの銀行が国債市場に本格的に登場することで、公社債の売買高は急増した。ただし、銀行は商品勘定保有国債であっても、翌月までの売却自粛期間が設けられていた。この売買自粛が完全に廃止されたのは1987年の9月であった。

 金融機関のフルディーリングの開始もあって、国債は活発に買われるようになり、その結果、7月には一時的ながら当時の指標銘柄である10年国債(68回債)の利回りが、代表的な短期金利のひとつであった手形レートを下回り、長短金利の逆転現象が生じたのである。

 この年9月には密かに先進5カ国の蔵相・中央銀行総裁がニューヨークのプラザホテルに集結し、米国の財政赤字と貿易赤字という双子の赤字を解消するため、為替をドル安方向に誘導させるとの合意を行った。いわゆるプラザ合意である。

 そして、前述のように10月19日に国債先物取引が開始され、東証の正会員である証券会社に加え、特別会員として都銀などもこの取引に参加することとなった。しかし、この債券先物取引はスタート直後に急落することとなる。

 10月25日に日銀はプラザ合意を受けて、第二の公定歩合といわれた短期金利の高め誘導を実施した。手形レート2か月物は0.5625%上昇して7.125%となり、コールレートも上昇した。これを受けて上場したばかりの債券先物は急落し、大量の売り注文により2日間値がつかないという大混乱となった。

 特に国債先物上場の際に委託取引で銀行などからヘッジのための大量の売り注文を受けていた証券会社などは、その注文に対して自己が買いポジションを膨らませていたことで、この急落によって大きな損失を発生させてしまったところも多かったようである。

 しかし、この日銀の動きは「勝手な解釈」によるものであったと大場智満元財務官がのちにコメントしている。実際に12月18日には短期金利の高め誘導はあっさりと解除されている。

 それから20年の月日が流れた。昨日のパーティー参加者も当時を知っている方は少数派であるとも思われる。すでに国債先物は債券市場にはなくなてならない商品ともなっており、現在でもたいへん高い流動性を保持している。25周年、30周年といった際にはこの国債先物の価格はどのように変っているのであろうか。いろいろな出来事を織り込みながら国債先物の価格はこれからも刻一刻と変化し続けるものと思う。
[PR]
by nihonkokusai | 2005-10-19 13:18 | 債券市場 | Comments(0)
line

「債券ディーリングルーム」ブログ版


by nihonkokusai
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー