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関東大震災の際の日銀の対応とその後

 2011年3月11日の東日本大震災を受けて、週明けの14日の朝から日銀は動いた。まず、資金の出し手が資金放出を控える動きが広がり、コール市場での取引が成立しない状況がみられたことから、金融機関などの決済の安定性を確保するため、日銀は大量の資金供給を実施したのである。

 また、14日から15日にかけて開催予定の日銀の金融政策決定会合は、14日のみの開催とした。これはできるだけ早く結論を出すための措置であり、この決定会合で日銀は追加緩和を決定し、資産買い入れ基金を総額5兆円から10兆円に拡充した。企業マインドの悪化や金融市場におけるリスク回避姿勢の高まりが実体経済に悪影響を与えることを未然に防止することが目的であり、リスク性資産を中心に資産買入れ等基金を増額した。具体的には5兆円の増額分のうち、CP・社債等とETF、J-REITのリスク性資産を 3.5 兆円程度、長期・短期国債を 1.5 兆円程度買い入れたのである。 (大分における宮尾審議委員講演要旨より一部引用)

 それでは過去の災害時には、日銀はどのような対応をしたのか、関東大震災の時の状況を見てみたい。1923年9月1日に発生した関東大震災によって、関東地方の企業は壊滅的な打撃を受けた。日銀も被災したが、週明け3日には営業を再開し、焼損した紙幣の引換に応じるなどした。ただし、大蔵省印刷局も被災したため、紙幣不足が見込まれ、200円という高額紙幣を国債証書の用紙を用いて大阪で作られた。しかし、これは結局使われることはなかったそうである(日銀サイト「日本銀行 あの日の記録」より一部引用)。

 また、損害を受けた企業は震災前に振り出した手形を決済することができず、それを抱えた市中銀行も資金繰りに支障をきたすようになった。政府はこのためモラトリアム(支払猶予)を出して、9月中に支払期限を迎える金融債権のうち被災地域の企業・住民が債務者となっているものについては支払期限を1か月間猶予したのである。

   さらに9月29日に震災手形割引損失補償令が出され、震災地を支払地とする手形や震災地に営業所を有していた商工業者を債務者とする手形等(震災手形)については、特別に日本銀行による再割引、つまり、銀行がもっている震災手形を日銀に買い取らせた。これに伴い日銀が損害を受けた場合は政府が補償することになったのである。

 少し時が経過し、1927年1月に政府は日銀をはじめとする銀行の損失を補償するための国債を発行したうえで、震災手形の整理を進めることとし、震災手形二法が議会に提出された。しかし、震災手形の振出が鈴木商店に、また所持が台湾銀行に集中していたことから、政府資金による特定企業の救済につながるとして、議会での審議は紛糾した。この審議の過程で3月14日に当時の片岡蔵相が「東京渡辺銀行が破綻した」と発言してしまったのである。ところが、同行はこの日資金融通が可能となり実際には破綻は免れていた。

 この片岡蔵相の発言により、一般預金者の不安が増長され、東京渡辺銀行やその関連銀行のあかぢ貯蓄銀行が取付に合い、休業に追い込まれ、その後他の銀行にも取付が波及した。政府は事態を収束するため、4月22日から2日間銀行を臨時休業させることとしたほか、3週間のモラトリアムを公布した。この間、日銀は正規の手続きによらない特別融通などの緊急貸出を実施した。預金者の不安心理を一掃することを目的に、現金を銀行の窓口に高く積み上げるという単純ながらも有効な手段が取られた。

 この際に、短期間に大量の日本銀行券が市中銀行に対する預金者からの預金払戻し請求などに応じるために発行されたことから、銀行券の印刷が間に合わなくなり、やむなく裏面が白紙の200円の高額紙幣が発行された。これらの措置の結果、いわゆる金融恐慌はようやく鎮静化したのである。


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by nihonkokusai | 2011-03-25 08:29 | 日銀 | Comments(0)
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