「平成維新と明治維新」
大掃除のついでに政府債務残高も少し掃除してくれるとうれしいが、そもそも新政権は予算編成の基本方針のひとつとして国債マーケットの信頼確保を掲げていたはずが、昨日の鳩山首相の所信表明演説には、その文言が抜けおちていた。
今朝の日経新聞には、国債金利上昇が発する警告との社説が掲載された。最近の(長期)金利の上昇は変化の兆しかもしれないと指摘した。実際にはまだそう結論づけるのは早いと思うが、ここにきて債券市場では国債需給への懸念が高まっていることは確かであり、社説では、せめて財政再建の目標をつくらないと、国債金利の上昇に拍車をかける恐れがあると指摘した。
鳩山首相は明治維新を引き合いに出したが、この明治の新政権は西南戦争のための費用調達のため、大量の不換政府紙幣、不換国立銀行紙幣を発行し、これにより貨幣の価値が急落し激しいインフレーションを招いた経緯がある。
このインフレに対応するため、大蔵卿(現在の財務大臣)の大隈重信は積極財政を維持したまま、外債を発行することによって不足している銀貨を得て、それを市場に流せば安定すると主張した。
これに対して、現在の次官にあたる大蔵大輔の松方正義は、明治維新以来の政府による財政の膨張がインフレの根本原因であるとし、不換紙幣を回収することがインフレに対しての唯一の解決策であると主張し、この松方の主張は大隈の財政政策を根幹から否定するものであり2人は対立した。
このため伊藤博文が松方を内務卿に抜擢すると言う形で財政部門から切り離して、一旦は事態収拾が図られた。ところが、1881年の「明治14年の政変」によって大隈が政府から追放されると、今度は松方が大蔵卿に任命され、インフレ対策のために自らの主張した政策を実行し、それが日本銀行の設立へと繋がって行く。
平成の新政権もいずれ積極財政か緊縮財政かの大きな選択を迫られるはずである。歴史は結局、財政の健全化を選択したが、それはその後の歴史を見ても正しい選択であった。歴史の教訓を生かせるのかどうか。鳩山政権の行方も気になるところである。