牛さん熊さんブログ

bullbear.exblog.jp ブログトップ

「10年国債の発行額2兆円のタブーとは」

 今日入札される10年国債から、一回あたりの発行額が2兆円を突破する。この2兆円という発行額は1998年末の運用部ショック以降、タブー視されていた。なぜタブー視されていたのか。当時を知る人がいないとわからないことでもあるため、拙著「牛さん熊さんの金融講座」や「金融のことがスラスラわかる本」の原稿などを元に紐解いてみたい。

 1998年に入り、中国の通貨である元の切り下げ懸念などからアジアの通貨危機が発生し、それがロシアの通貨ルーブル切り下げの報道などに伴いロシアにも飛び火し、中南米などのエマージング市場全体に金融危機が広がっていった。これが世界経済を直撃し、日本でも長銀問題などから金融システム不安も再び台頭し、日本経済も大きな影響を受けたのである。

 これを受けて1998年9月9日の日銀の金融政策決定会合において、無担保コールレートの誘導目標値を0.25%とする3年ぶりの金融緩和策が実施された。さらに11月16日には6兆円超の恒久的減税を含め20兆円を大きく上回る規模の緊急経済対策が発表された。この財源として、12兆円を上回る国債増発を内容とする第三次補正予算が組まれた。

 さらに11月17日には、格付会社のムーディーズ・インベスターズは日本国債の格下げを発表した。日本政府が発行もしくは保証する円建て債券の格付け、及び日本国の外貨建て債務及び預貯金に対するカントリーシーリングを、それぞれAaaからAa1に引き下げたのである。

 そして、11月20日付け日経新聞に「大蔵省は1998年度の第3次補正予算で、新規発行する国債12兆5千億円のうち、10兆円以上を市中消化する方針」といった小さな記事が出た。これは国債を大量に引き受けていた大蔵省資金運用部の引き受け比率が今後大きく低下することを示していた。さらに国債発行額の拡大に伴い、1999年の1月から10年国債が月々「1兆8千億円」と一気に4千億円も増額される見通しも示されたのである。

 1999年度の国債発行額は70兆円以上、うち市中消化は60兆円以上との新聞報道もあり、大蔵省資金運用部の国債引き受けが減るのは第三次補正予算だけでなく、来年度も急減することが明らかになった。そして、市場では4月から10年債が「2~2兆2千億円」に増発されるとの見通しが急速に広まった。

 11月21日に大蔵省で行われた国債発行に対するストラテジスト・エコノミストに対する説明会で、「資金運用部引受は資金の流動性を高めたいため今後残存5年未満の物に集中」とのコメントが出され、これにより資金運用部が来年度から買い切りオペを中止するのではとの思惑が広がり、これをきっかけに債券相場は急落した。

 22日に当時の宮沢蔵相は、運用部の債券買い切りオペの中止を示唆する発言を行い、日銀総裁も日銀による大量の国債保有に対して「自然な姿ではない」とのコメントを出した。さらに国債の決済を担当している日銀から、運用部の買いオペが1月から中止されるとの正式アナウンスがあった。これを受けて債券先物は1988年8月以来の実に10年ぶりのストップ安となったのである。この債券相場の急落がのちに「運用部ショック」と呼ばれたのである。

 債券の急落、つまり日本の長期金利の上昇に米国が懸念を示したことから、日本の金融当局者は対応に追われることとなった。この対応のひとつが1999年2月の日銀によるゼロ金利政策である。それとともに大蔵省(当時)は、運用部の国債買い切り再開を決定した。さらに増発が懸念されていた10年国債の3月の発行額を4千億円減額して「1兆4千億円」とし、減額分は2年国債と6年国債にそれぞれ振り分けることとなったのである。この減額は一時的なものではなく、その後も1兆4千億円が据え置かれることとなった。

 こうしてこれ以降、10年国債の2兆円台の発行額がある意味タブー視されるようになったのである。2000年11月に10年国債は一回あたり1兆6千億円に増額され、2001年4月以降は毎年度1千億円ずつ増額されたが、2003年に1兆9千億円になってからは、2兆円が意識され6年以上、据え置かれることとなったのである。
[PR]
by nihonkokusai | 2009-07-02 10:02 | 国債 | Comments(0)
line

「債券ディーリングルーム」ブログ版


by nihonkokusai
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー