「債券先物の黒電話」
当時はまだ若手であった私が電話番を任された。受話器を上げるとそのまま東証につながり、実栄証券の担当者が出る仕組みになっている。現在はなくなってしまったが、東証に場立ちがあったときに、株式市場の注文についても実栄証券が会員の相手となって取引を行なっていたのである。
朝方、寄り付き前に実栄証券の担当者から電話がかかってくる。これで朝の挨拶をしてからいよいよ取引が開始されるのである。電話注文で行なっていた当時は、大手証券などはそれぞれ個別の担当者がいたようだが、一人の実栄証券の担当者が何社かの会員を受け持つこともあり、それによってブロックが作られていた。
当時の債券先物の売買は、東証の中の一室で、扇形のように実栄証券の担当者が電話を前に座り、扇の要の位置に注文をまとめる担当者がおり、その後ろに売買を書き込む黒板、まさに板があったのである。
実栄証券の担当者は売買の注文を受けると、手を上げて売りか買いかのサインを出す。それを確認した真ん中の担当者から指名されると、注文の相手先とともに価格と数量を伝える。それを板に書き出しながら値をつけて行くのである。今はコンピュータで値が瞬時についてしまうが、当時は人と人が結ばれて値段が形成されていった。
注文を伝えてから約定されるまで、さすがにコンピュータ売買に比べて遅かったものの、個人的にはそれほど支障をきたさなかったように思う。上司は遅い、遅いと言う事も多かったが。それ以上に人間が介在することで、大きな間違い注文などはチェックも働く。それになんといっても場の状況が声を通じて伝わってくるところが良かった。何かしらの材料で相場が動くと電話の先が大騒ぎしており、場の状況が電話口から伝わってくる。
私がディーラー駆け出しのころは、とにかく間違いなく委託注文を含めた売買を伝え、約定を受けてそれを会社の担当者やディーラーの先輩に伝えることが重要で、さらに自分の売買注文も出さなければならず、なかなか余裕はなかった。しかし、さすがに時間とともに慣れてくると、実栄証券の担当者とも仲良く話しをするようになった。実栄証券の担当者は数か月ごとに変わっていったが、担当者によってはたいへん気が合うようになり、売買の公正さから言えば、本当はいけないことであったかもしれないが、それでも人と人であり、仲良くなれば飲みにも行くようになる。そこで実栄証券から見たJGB先物などの相場の世界とはどのようなものなのか、駆け出しディーラーの私にとって彼らから聞く話はのちのちの自らのディールにたいへん役立った。さらに他社のJGB先物の担当者を紹介してもらうなどしたことで、情報交換のためのネットワークも広がった。
その後、債券先物はコンピュータ化され、電話を介した注文はなくなった。受話器を通じて場の様子も聞けなくなり、まさに値動きからでしか相場の動向が見られなくなったのは、ディーラーとしては寂しい。コンピュータ取引全盛の今でも、シカゴの先物市場やニューヨーク株式市場ではいまだに人が間にたって売買を行なっている。これは相場を形成しているのはあくまで人であり、人と人が売買をぶつけ合うことで、相場の場が形成され地合を読むことができる。これが本来の相場の世界であるのだと思う。